トップページ > Painter 野嶋奈央子 Naoko Nojima Blog

16
8月 13

蚤の市はじまりました

失業中だというのになんとなく毎日忙しいので、気づいたら告知もおいつかず、、
本日金曜日から3日間、六本木ヒルズでアート蚤の市2に作品を出品しています。

http://www.kiriku.net/project/event

暑さやあれこれですっかり気持ちも体も弱って、よく食べるのが取り柄の私も珍しく食欲不振気味。それにしても、いつまでたっても東京の暑さには慣れない道産子体質です。

この蚤の市、雑貨やアクセサリーがわりと多く占めているイベントなので、ふらっと立ち寄る感じでも楽しめると思います。個人的には、だいすきな草間彌生さんの水玉ガーデンというのが近くにあって、そこの水玉カキ氷が気になっています〜

今回も小さなブースでの出品ですが、先日の個展の流れから絵画の他に紙粘土ドローイングも作りました。たまたまこの前の展示では粘土が全部売れたので、今回の粘土は新作です。子供が作るような気持ちでゆるゆると軽いドローイングのような力加減で作っています。
お近くにお越しの際には気軽にお立ち寄りください!

草間さんの水玉ガーデン!

20130816-234909.jpg


13
8月 13

また失業しました

2ヶ月程前に昨年の失業についてやっとこのブログに書きました。正確に言うと、あの頃やっと失業について書こうと思えました。仕事中心の生活からふぬけになって、そこから1年近くふぬけたまま過ごして、なんとなく日常が戻ってきたと感じるのに1年近くかかったからでした。

そして今月から、また、失業生活を送っています。前回と違うのは短期間のフリーターだったので雇用保険が出ないということ。これはずいぶんと大きな違いです。失業だと伝えると、中には不景気な世の中についてぼそぼそ言い出す人もいます。実際一人暮らしの売れない画家である私は、働かないと家賃が払えないので笑い事ではないのですが、なんとなくふわふわ過ごしています。(焦るべき状況でありながら!困。)

私は飲食店が好きです。食べることが好きで、食べ物が好きだから。飲食雑誌や料理本も好きだしスーパーで食材を見ることも好きです。接客は好きじゃなかったけど、結果的にずっと接客をしてきたせいでわりとすんなりできるようになっています。先日まで働いていたのは飲食店でした。場所が六本木だったのですが、今までの自分の価値観とは全く違う客層のお店でした。お客観察が好きな私としてはずいぶん思うこともあったけど、色んな意味でかなり勉強になりました。

何の仕事をしても勉強になることばかりだなぁと毎回思います。面接は苦手だしこだわりが無いのでなんとなく受けたとこで受かれば働くということが多いのだけど、それでも結果的にすごく勉強になりますね。それなりに経験も増えていきます。

過去に、お店の立ち上げに関わることやオープングスタッフなどしたことはあったのですが、お店の閉店を見届けるのは今回が初めてで、不思議な気持ちでした。味はとても評判がよく常連さんがついているお店だったので、閉店の話を聞いてえらく残念がってくれたり、なんとか時間を作って最後に来てくれたり、美味しかったということを伝えるためだけに名前も言わずに電話をかけてくるお客様もいました。当初ギスギスした雰囲気だった職場も、後半はメンバーも入れ替わり皆仲良くて楽しい職場でした。

ひとまずお盆が終わったら、新しい仕事を探そうと思います。皆も新しい仕事頑張ってね。


11
8月 13

記録癖とか言語化とか

いつからだったかずいぶん前から個展の際にテキストを作成するようにしている。たぶん、作品タイトルが褒められるようになってからその延長で始まったのだと思う。元々わかりにくい作風なので、そこに抽象的で詩的なタイトルをつけて、更に抽象的なテキストを付けて、私本人は真面目に説明しているつもりでむしろ説明しすぎてしまったかなんて思っていると、どうやら余計にわかりにくくしてるようだ。

それでも、嬉しいこととも言いにくいけど、最近は絵よりもテキストを褒められることが実は多い。テキストの方をうまく作品化できないかとも考えたりもするようになった。

言葉が好きなんだと思う。だけど、なんでもかちっと文章化してまとめるには頭がおいつかない。昔は考えすぎて動けなくなることもあったりしたけど、考えても頭がいいわけでもないので答えが出る訳じゃないから、それによって動きが鈍るのは無駄だと思っている。

 

ただ、感情を言葉にしたい。なので感情的になる出来事があったらメールを作る。女特有の長文メールというやつなのかもと思うけど、私にとっては思考をまとめるのは言語化がいちばんいい。そのまま送らないメールもたくさんある。何日もかけて作るメールもある。ブログをたくさんやっていた頃も、日々の溜まって行く出来事や感情を記録していくことで、自分の中の感情を客観的に自分なりに分析して整理がついた。ネットを日常的にするようになる前は、メモ帳に感情をメモしていた。それが絵画作品になっているから、テキストや作品タイトルがつくのは必然なのかもしれない。

 

ツイッターでも文章を書く仕事をしている人や考えるのが仕事の有名人って、忙しそうなのに呟きが多い。たぶん、言語化して出すのが自然なことなんだと思う。私もその瞬間の思っていることを短く言語化してボタっと勝手に落としていくだけのツイッターはむいている。(だけど調子の悪い日は、ツイートが形になって飛び交ってるモノに見えてきて混乱する日もある。)ツイッターを始めてからは複数やっていたブログも更新しなくなった。唯一続いているのは食べたものブログ。記録癖があって、見た夢とか、見た映画とか、食べたものとか、そういうものをなんとなくとっておきたいのだけなんだけど。

感情を言語化するのも、私にとっては記録癖に含まれてる気もする。その時の感情を形にして出してとっておきたいのだ。

文章にすると、自分の感情に対して客観的になれる。自分にイイワケしなくなる。だって自分にイイワケなんかしてたら後から読んで恥ずかしくなるし。ツイッターもブログは匿名にしてるから、人目を気にしないぶん素直でいられる。というわけで、ここは実名でやってるブログなので、無意識でもそれなりに人目を気にして書いているわけだ。

 

 

 


05
8月 13

優しさについて無知

私にとっての浪人時代は楽しかったことも多かったけれどもやっぱり暗黒の時代だった。油絵科は特に多浪が多いので自分だけが多浪ということでもなかったけれど、描いた絵にわかりやすく点数がつく世界でもないので(実際入試では点数つくようですが)土壇場の大逆転もあるし、まさかという人が受かることもあるし、ある一定以上のレベルに達していれば受かっても落ちてもおかしくないような世界で、私は混乱しっぱなしだった。

思春期みたいな年頃に絵でやっていこうとする自意識過剰な人間が、入試でばんばん落とされることに相当屈辱なのは勿論。1浪目で比較的いつも褒められながらも入試では全敗した私は、2浪目からまともには予備校に通わなくなった。気分で行ったり行かなかったり半日だけ行ったり小手先でさっさと仕上げて帰ったり、描いても楽しくも苦しくもない。

毎日のように描き終えた絵を並べて行う批評会は褒められても褒められなくても憂鬱で、いつも目立たないよう端の方に作品を置き、褒められたら「どうせここで褒められても本番失敗したら落ちるし」と思うわけだし、褒められなくても「やっぱり」とか思っちゃうし、後半は自分が納得いかない作品になってしまった日にはさっさと後片付けをして批評会と同時に姿を消したりした。卑屈なのではなく、受験の仕組みがとにかく嫌だっただけ。

つまり私は、繊細な(めんどくさい)問題児だった。

大手予備校だったのでクラスが専門学校並みにたくさんあって毎年クラス替えがあった。3浪目になるとずっとかわいがってくれてた(と思い込んでた)先生が違うクラスの担当になったので、なんで私はそっちのクラスじゃないのかとやや責めるようにたずねた。そしたらあっさり、おまえ何で落ちるのかわかんないしめんどくさいんだもんとの答えに、一瞬まっしろになった。でもそこで、ずっと担任だったけど自分のことは全く理解してくれていないと思い込んでいたN先生が私を引き取ってくれたという事も聞かされた。

N先生は、連続して休んでいると時々電話をくれた。けっこうそっけなく必要なことだけを伝えて切れるその電話は、当時の私には業務的なものに感じていたけれど、無理強いしない優しさだったのかもと今なら思う。お昼時にフラっと現れる私にいきなりランチを誘ってくれたり(当時は迷わず断っていたけど、普通は生徒は誘われない)、批評会を受けずにこっそり帰ろうとする私のところへきて帰さないように即すわけでもなく個人的に手身近に批評をしてくれた。

当時の私はこどもだったので、そういう大人をちょっとバカにしていた。仕事だと思って必要なことだけさらっとこなしているような気がしたから。とてもひょうひょうとした大人にみえていた。今になって、あれはむしろ気遣いや優しさだったのかと思う。

先日N先生の退職パーティーがあったけど、自分の個展のオープニングと重なっていく事ができなかった。本当はお礼を言いたかったんだけどね。
私は多浪しないで大学に入っていたら、たぶん今は絵を続けていなかったと思う。

人生うまくできている。


05
8月 13

偏っています

若い頃は今よりももっとずっと拒絶してしまうモノやコトが多くてこの先ワタシ生きていけるのかなーと思うような潔癖さがあった。そんな私も歳と共に色んなものを(むしろけっこう)受け入れられるようになり、ある程度の距離を保ちながらも案外広い人付き合いが出来るようにもなった。(と、思う。)

それでもまだまだ自分の知らない偏った世界があって、それが自分のそれと違う時に拒絶に近い反発をしてしまう自分がいる。

○○を当然してきた人と、○○があるのを知っていたけどそんなもん一部の人間のもので普通はしないでしょ?という認識で生きてきた私と、そうなると必然的に自分の周りにはしない人が圧倒的に多かったりして、○○を当然してきた人というのが別世界の話に感じてしまう。
そうして、当然してきた人と自分の世界との違和感が受け入れ困難な気がして拒絶してしまったりする。

この話をしていたときに、知人がすごくわかりやすい例えをしてくれた。例えば、ゲーセン感覚で○○をする人にゲームをしないし全く興味もない人がいるんだという説明をするのは難しいことで、たぶん、いやいや部屋では休日にゲームするけどゲーセンまでは行かないよとか、通勤時にスマホでゲームする程度だよとか、ゲームが凄く好きな訳じゃなくてなんとなくゲーセン誘われたから時間つぶしにとか、そういう話も出てきたりして、時間つぶしにすらゲームを選ばないぐらいゲームしない人がいるという事を伝えるのって難しいんだ、という話で。

例えば新しい職場で好みの話になって、映画も音楽もたくさん好きなものがある私だけど、世の中の所謂売れ線とはまったくかぶらないので、○○は好き?と聞かれるたびに前否定になってしまって、結局じゃあノジマさんは何がすきなの?普段何してるの?なんてこと言われたりするわけだけど、私からするとそういう売れ線のものだけの世界にいる人も偏ってて、でも私も同じぐらいに偏ってるってことなんだろうなということなんだけど。

つまり、○○を当然する世界にいる人も当然しないと思っている私も、どっちが多いからどっちが本当なんだとかの比率はどうあれ、結局同じように偏ってるということなのかなと。その偏りを完全に許容できなくてもその状況をまずは認めながら相手と話ができるほどの許容範囲をもちたいなあ、というのが今のところの結論!

20130805-020436.jpg

このページのTOPへ