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07
9月 13

ブルーハーツ世代

絵を描くときは色んな音楽を聴く。基本なんでも聴くので、クラシックのときもあればテクノ、ロックやレゲエやヒップホップや歌謡曲、近年大好きな昭和歌謡を聴く事もある。(たまに音が形になって押し寄せる時には無音にする。)

私は音楽が大好きだった。若い頃は、本当は才能があるならば絵よりも音楽をやりたかったけど、基本的に練習することが嫌いなので、楽器が全然うまくならいおかげでミュージシャンを目指さずにすんだけど。

小さい頃はピアノもエレクトーンも習って、小学校低学年の時に担任がドラム好きで教室にセットが置いてあり、ドラムや和太鼓の授業もあった。ドラムはずいぶん褒められて、全校音楽会では皆が合唱する中でひとりドラムセットを叩かせてもらっていたので、私のクラスだけは伴奏がピアノと私のドラムだったりした。なんとなく色んな習い事をしていたけど、自分から積極的に主張したのはドラムを習いたいとうことだけだった。なのに、当時の校内暴力時代の「不良」たちのイメージの中にバンドがあったため、人一倍厳しかった我が家では当然そんな主張が通る筈もなく…
あの時にドラム習っていたら人生変わっていたかな?と今でも想像はするけど、勘だけで生きてるタイプの練習嫌いの私には、きっと向いていなかったのだろうとも思う。高校祝いにアコースティックギターを買ってもらったり、大学に入ってからもこっそりベースの練習をしたけれど、本当に向いていなかった。バンドのボーカルに誘われた事もあったけど、とにかく10代の頃はひねくれすぎていて、そういう目立ったことは一切さけていたので当然のごとく断っていた。1人で勝手に自分の世界にひたれる絵描きがやっぱり向いているんだろうな。。

音楽をやる側にはなれなくても、大学時代は特にライブにはよくでかけた。実家にいる頃は家が厳しくてライブにもなかなか行けなかったので、大学時代はお金が無くてもゴハンを我慢してライブにでかけて、食費を節約してのライブ痩せをしていた時期もある。

中学ぐらいからは、人と仲良くなる時には「ブルーハーツが好き」という共通点で始まることが多かった。ブルーハーツを特別好きというよりも、あの頃バンド好きだった人は必ずブルーハーツを通っているとも言える。それにしてもブルーハーツというのは特別だった。あの年頃にブルーハーツの音楽に出会えたというのは、どれほど特別なことだったか。

ツイッターでブルーハーツbotをフォローしていると夜中に呟きが減った時間にやたらとブルーハーツの歌詞がTL上に上がってきて、いまでもその歌詞にきゅんきゅんする事がある。だけど当時10代の頃のその気持ちとはまた違ってて、少しだけ大人になった今の自分にとって違う解釈や気持ちでも引っかかる歌詞だから、やっぱりブルーハーツはすごいんだよね。若い頃の思いと、今の自分が見えてる(当時と違う)世界が、いい感じに混ざり合う。そして、あの頃の気持ちも絶対に忘れちゃいけないなとも思ったりする。

他にもブルーハーツと同じぐらいに友達になりやすいのは「ブランキージェットシティが好き」というのかな。高校時代に進学校に通っていて居心地の悪さを感じて過ごしていた私にとって、地元のローカルなCD屋さんの視聴コーナーで聴いたブランキーの「悪い人たち」のインパクトはいまでも忘れない。いまでも飲み会で出会う人と、ブランキー好きなの!?みたいな盛り上がりはある。

勿論成長することは当然大事だし、その年代にあった価値観を持つことも絶対に必要だと思っている一方で、あの頃の感覚は絶対に忘れてはいけないとも思っている。そう思わされるのは、思春期の頃にブルーハーツやブランキーの音楽に出合ったおかげと思ったりする。今でもコンバースのスニーカーは捨てられないしドクターマーチンの靴を履く。たぶんこのままコンバースやドクターマーチン履きながら年老いていくんだなぁ私は。

 http://www.youtube.com/watch?v=d7yQHNntX4I

http://www.youtube.com/watch?v=DAdQNnIcn0k


06
9月 13

NYのグループ展が始まりました

NYでのグループ展に参加しています。本当は今回もNYに行きたかった!

http://naoko-nojima.com/blog/info/2013/09/06/art-world-in-nyc-by-sixteen-styles/


05
9月 13

自由と、空っぽの箱

みんな不自由そうに生きてるように見える。それにひきかえ自分は自由だなと思う。
私には守るものが何もない。心配するのは自分のことだけでいい。孤独と自由はセットだと気づいたのは、震災の時だった。私には心配するべき家族や子供も、抱えている会社や社員もいない、真っ先に心配して確認を取らなければいけない人も事もない、ということにあの時初めて気がついた。いい捉え方をするなら、気楽な立場、ということだ。

不自由そうにしている皆が望む自由とは、いったなんなんだろう。
私が考える自由とは、PC本体のようなもの。PCは今の私にとって必要不可欠なものではあるけれど、そこには頻繁に使用するソフトが入っていて、ネットが繋がる環境だからであって、ソフトも入っておらずネットも繋がらないPCは、まったく意味を成さない。可能性の塊ではあるけれど、そのものだけでは空っぽの箱でしかない。つまり自由にも何かオプションがついて初めて魅力的で意味を持つ自由というものになるのだろうなーと。

毎日残業でいくら働いても低所得者層から抜け出せなかった頃と比べたら、定職にもつかず時間だけはある現在は、金銭的な面はそんなに変わらないけど、自由度が違う、はずだった。行きたかったライブや映画、残業後だといつも混んでて入れない飲食店にも自由に行けると思っていたのに、実際は同じくらい行けていないのが現状。決定的にお金がない(働いていないから当然だ!)からだ。正に、自由だけあっても全然自由じゃなかったという例。

例えば、家事や育児に追われて自由じゃないと感じている人は、家事をしてあげる相手もいなくて、子供もいないような、独り身がいいということでもないような気がする。大事な家族や愛する子供がいて、そこに更に自由がもう少しあればいいなということなのだと思う。その場合の自由はたしかに魅力的な自由だろう。

例えば、風俗やキャバクラで自由に遊びたいという男は、奥さんや恋人という絶対的な大事な存在がいて、且つ自由にそういうお店でも遊べたら、その場合の自由はきっと楽しい自由だろう。恋人や奥さんもいなくて、お金で成り立ってる異性との関係だけではその瞬間楽しくても限界はあるだろうし、自由な開放感も続かないだろうな。クリスマスにはサンタコスプレのキャバ嬢とはしゃいで、バレンタインには水商売の女からたくさん義理チョコもらって、営業として誕生日を覚えてくれてるキャバ嬢にお金払ってお祝いされて、イベントのたびにそんなのがずっと続いてもたぶんいつか虚しくなる。

例えば、仕事があってある程度の給料も保証されて、でもペース配分や時間は自由だという場合の自由は確かに有意義な自由だろう。デザインの仕事などでフリーランスの人が周りにいた時期もあるけど、結局みんな今は会社に入っている。フリーで仕事していても納期は絶対あるわけだし、フリーだから逆に相手側に進行を支配されて土日も休みなく仕事していたフリーランスの知人もいた。結局同じ不自由なら、ある程度管理してもらう方が楽な場合もあるようだ。

今の私は、元々自由な私に無職という状況が加わって、更に自由度が増している。空っぽのPCにとても近い状態だ。


30
8月 13

作品を買う

絵を見る事があっても、買う事が無い人は多いと思う。

私は父が美術品をよく買う人だったし、それを飾ることを楽しみにしていたので、小さな頃から身近に絵や焼きものがあった。一点だけ父の趣味ではない絵が飾ってあったのは、母が若い頃に絵のモデルをしていたらしく、その画家さんからもらった作品だった。(実はその作品けっこう好き。横向きに入った女性の姿は母だろうか?)時々浪人時代にたまった作品を実家に送ると、父が気に入ったものを好きに額装して飾っていたりと、我が実家はとにかく日常的に絵が飾ってある家だった。(共働きで家には人がほとんどいないし、決してこじゃれたりこぎれいな家でもないけど。)

私も今、狭いワンルームで窮屈な生活をしながらも絵を飾っている。自分の作品やもらったものや買ったもの。貧乏絵描きだけど、本当に欲しいもので2万円以下の作品は買うようにしている。交渉して分割にしてもらって細々と支払いながらが多いけど。季節やインテリアに合わせて掛け変えたりするのもいいけれど、そういう雰囲気の部屋でもないので今のところはごちゃごちゃとあちこちに並べている。

美術品を買った時の気持ちってなんだか特別だ。洋服を買った時とも電化製品を買った時とも違うんだよね。こればかりは買ってみないとわからないと思うんだけど、とにかく豊かなものを手に入れた気分というか。一点ものだからとか、実用じゃないものだからとか、作った人の想いが詰まってるからとか、理由は色々あるんだろうけど、もっとなんだか違う。気に入って買ったものは何年経っても何度見てもいいなぁと見入ってしまうし、それが自分のいる空間にあるだけで幸福感もある。年数を重ねるごとに自分とどんどん解け合って一体化していくような感覚さえある。自分の作品も買ってもらった人からそう思われてたらいいなと思うけど。

5月の台湾のアートフェアの時に、知人が作品を買ってくれた。たまたま相当久しぶりに再会して、今こんな風に台湾で話してるのが不思議だよねえなんて言いながらずいぶん長くお喋りして、翌日は作品を見にきてくれてその場で買ってくれた。まさか買ってくれるなんて思っていなかったから驚いたけど嬉しかった。それからすぐ飾ってある写真を見たら、なんだか泣きそうになってしまった。他人の日常に自分の作品があるってこんな感じなのかぁと、自分のために描いてるような私の自意識過剰な絵が、チビッコのおもちゃと当たり前に並んでる風景に、なんて言うのか初めて居場所を見つけた気がした。

この前の個展でも昔の同級生が絵を買ってくれた。買った時には、もう飾る場所は決まっていてそれが金魚の水槽そばだと聞いて、また嬉しくなった。人の日常に、人の大切なものやその人の好きなものの中に、自分の作品が馴染んでいくのって幸せなことだなと思った。

 

blog_cha


27
8月 13

どこにも属していない

休職中で求職中で、時間はあれどお金がないのでほとんど地元から出ないでいる。無職の時期に一人で過ごしているとだんだんバランスくずれておかしくなるなんてのを人から聞くのだけれど、去年の無職の時も今も、一人で過ごす事はまったく嫌にならない。元々一人が好きだからむしろここから抜け出せなくなりそうで怖いぐらい。

小さい頃から家を行き来する遊び方をしなくて、家に友達が遊びに来る事が滅多になかった。小学校から遠くの学校へ通っていたので、近所の同年代の子達が集まって遊んでいても、見知らぬ子達だったから遠くで眺めていただけで、まったく寂しいと思わなかった。いまだに自分の家には、よっぽど信頼できる人以外は自分からは入れない。電話も嫌いなので、無性に寂しくなって誰かに突然電話するということもない。電話が来ても出ない事の方が多い。

だけど、人が嫌いな訳ではまったくないし、どちらかというと友達も多い方なのだと思う。昔から、どこかのグループに属するというよりは、色んなところに入っていた。中高なんかはたいてい女子グループというのがカッチリ決まっていたけど、属しているグループはあるけど、他にも個々と仲良くしていた。そういう友達付き合いの仕方は卒業後も続いてて、同級生の集まりの時には、自分が個人的に繋がってる友達を連れてきて私を介して皆が再会するみたいな立ち位置のことも多い。たんに連絡がマメな性格だからっていうのもあるのだけど。(これは仕事ではプラスになる部分!)

社会人になってからますます色んな人と出会った。高校までの地元の学校もちょっと偏った学校だったし、上京してから美術系でやっぱり偏っていたから、フリーター時代はそれまでと対極な人たちと働く事が増えた。今でも遊びになると、また違った意味で自分の周りに少ないタイプと関わることもある。(美術家たちはなにしろ制作と制作費のためにおとなしい生活を送っている人がほとんど。それに所謂アソビというものをちょっと冷ややかに眺めている部分もあるのだろうと思う。)

私は一般的に見るとやっぱり美術系の人間だなって思う場面が多いけど、美術の友達が多い方ではないし、美術系の中に入ると少し浮いていたりもする。それでいてFBなんかで同年代のリア充ぶりをみているとそこともちょっと違う。前のバイト先でよく見かけた成り上がりのお金持ちやバリバリ働いて夜はぱーっとお水系のお店で遊ぶ派手な人たちのこともどこかで理解しがたく思ってしまうし、フリーター時代に周りに多かったギャンブル好きや若いうちに結婚出産する人たちとも現実的には噛み合ない部分が多い気もする。

どこの人たちとも仲良くしているのに、でもどこにいても浮いている気がすることがある。その瞬間はどこにも属している(ようだ)けど、本当はどこにも属していない(ような気分になることがある)。皆のことわかってるようで、自分の世界以外は全然わからないのかもしれない。

ま、わからないものをわかる必要なんてないのかもしれないけどね。わからないの前提で、その中でわかり合おうとする作業は必要なのかもなぁと思う。

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