トップページ > Painter 野嶋奈央子 Naoko Nojima Blog

07
10月 14

いつも救ってくれてありがとう

私にとっての制作は、どんどん溜まるモヤモヤの消化不良を起こさないためで、社会的な何かとか美術史的な要素は実はあまり気にしていない。制作活動をするにあたってそういう要素が大事なのは知っているけど、自分にとっての制作は、細かいことに一喜一憂し、くだらないことにいちいち憂鬱になり、人一倍捻くれて歪んだ自分がこの社会に適合するためのリハビリみたいなものなので仕方がない。
絵を描いていれば、そういう自分の面倒な部分を愛することもできるし、鈍感にヘラヘラ楽しそうに生きてる人たちよりもよっぽど幸せだと思えたりもする。
今年は全然制作ができていなくて、時々消化不良を起こして鬱屈とする瞬間が増えている。そういう時はとにかく眠るに限る。昔みたいにお酒に逃げる事もなくなって睡眠で解消できるなんてずいぶん健康だなとも思うけど、大人になってどんどん鈍くなってるのかなあとも思う。

最近バイト先が異動になって環境が変わった。どこでも、いいところもあれば嫌なこともある。今の勤務先は嫌な意味の孤独感を感じる時間が増えた。前のお店では色々あっても周りに親切な人がいて、実はすごく助けられてたと思う。嫌な事があっても隣のお店の人が愚痴を聞いてくれて、愚痴を聞いてくれた後にたいてい凹んでる私にお菓子をくれた。普段あまり甘いものを食べない私も、そういう時のお菓子の甘さはくさくさした心を救ってくれた。本人はたいしたことではないと思っている事でも、他人にとってはすごい救いになったりする事もある。そういう時の救われた気持ちを、他の人や違う形でも返していきたいものだけど、自分のことで精一杯な私にはなかなかできない。

今は職場で辛くなると、自分のために自分で甘いものを買ってから休憩室へ向かっている。

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↑ネットでの拾いものナノダ。


08
9月 14

この瞬間は続くと!

大人になって経験値が増えてきて、イイ事もいっぱいあるけど、希望を持つことを最初から放棄したりやたらと現実的になってしまうのは寂しいことだと思う時もある。
私は(というか誰でもそうなのかもしれないけれど)しつこいぐらいの人間不信な部分があって、自分でもそれが面倒臭くもなるし、それによって自分で自分を苦しめてるのも知っている。それでも、ただ無邪気に能天気に信じるということに抵抗はある。
だけどもそんな私でも信じようと思う人(コト)は勿論あるわけで、結局は信じるとか信じないじゃなくて、信じたいと思える相手かどうか、そこが一番大事なことなんじゃないかと思っている。
永遠なんてないとかわかっていても、この瞬間が続くと信じたかったり、その瞬間の真実は私の中で永遠に真実ならば、それでいいんじゃないかと思う。

◉2010年展示のテキスト

高校時代、帰り道、夕方から夜に変ろうとする蒼い時間。
薄明かりの中で自転車を止めて、1人でスプリンクラーを眺めるのが好きだった。
パルプ工場、整然と積まれて並ぶ木材の頂点で、それはボンヤリまわっている。
シュウイッ、シュウイッと、鋭いのにまどろっこしい音と、
割と正確な弧を描いて飛び散る細い水は、
頰の同じ道筋をひたすらに流れ続ける涙みたいで、
私は、その泣いている姿を影からひっそりのぞいているような気がしてきて、
なんとなく眼が離せなかった。
そんな特別な光景は、瞬間に切り取られ、すぐさま色をつけていく。
それからトンッと一瞬だけ静止して、たらたらと溶け出し、
どこか次の光景にむかうのだと思う。
あんなに好きだったものを忘れてしまう時が来るように、
仕方なく、でも確実に行われる作業のようなものなのだと思う。
その秘密の仕組みに、私は気づいている。

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06
8月 14

NYと宝くじとユメと現実

3年前、グループ展参加のためNYへ行った。NYへの憧れが特に強いわけでもなかったけど、一度は行ってみたかったし、現地のアートシーンにも触れてみたかった。NYの街は、ヨーロッパの古い街並みや美しい風景だったりアジアの独特の雰囲気や熱気のような異国情緒的な感動はなかったけど、とにかくヒトが面白い。ここにいたら自分も何か大きな事ができるんじゃないか?と勘違いしたくなるようなワクワク感というか、ヒトの持つパワーに街中が溢れていた。
個人的には、思った以上に英語が通じなくて、英語なら多少わかるだろうという思い込みがあるせいなのかガックリ。帰ったらまず英語の勉強を頑張ろうと意気込んで帰国した。

そんなNY気分の抜けないまま、旅行明け出勤初日。いつもと違う改札口から出て地下通路を歩いて会社へ向かう途中、なぜか宝くじ売り場に目が止まった。小さな箱状の販売員が1人で座っている形のお店。なんの理由かわからないしNY帰りの勢いが関係ある気はしないけれど、その瞬間、この小さな箱状の宝くじ売り場で働くことが自分の天職なのでは?という直感みたいなものが走った。今でも、なぜあの瞬間にそう感じたのかはわからないし、実際調べてみると時給が合わないし、どれだけの人気がある(ない?)バイトなのか見当もつかない。それでもあの小さな空間で1人ぼっち、夢のような(時には人の人生を狂わせるような)紙切れを淡々と売るだけの日々が自分には合ってるような気がした。可笑しいんだけど、私が売ればたくさん当たりが出るのでは?みたいな根拠のない自信とか。なんだったのだろう、あの感じ。

さて、それから3日ほどですっかり旅行気分も抜けていつもの生活が戻ってきた。そこで、震災が起きた。あの日から色んな事が変わって、英語を頑張ろうとか宝くじ屋のバイトが天職だみたいな呑気な気持ちはすっかりどこかに消えていたのだけど、最近その宝くじ売り場のことをふと思い出した。

あの震災がなければ、私は今頃英語が得意になってて、毎日淡々と1人で宝くじを売っていたのだろうか?自分の売り場から当たりをたくさん出しては他人の人生を静かに狂わせていたのか?
先日、久しぶりにしりあがり寿のあの日からのマンガをぱらぱら見ていたら、震災時の感覚が自分の中で思いのほか古い記憶になっていて驚いた。意識の中にしっかり置いてあるつもりだったけど、時間は確実に流れている。あの日の震災が、夢みたいに曖昧で位置の無い記憶になりそうで怖いと改めて思った。

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28
7月 14

知らない世界の人たち

若い頃は学校が同じなどの条件で知り合う友達が圧倒的に多かったし、特に小学校から受験校だった上に大学は美大に行ったので、常にどことなく近い環境の人が周りにいた。

大学を卒業して何も疑わずに親から支援がもらえると信じきっていた私は、実家に帰らないなら勝手にしなさいと親に突きつけられて喧嘩腰のまま社会に出た。何も考えずに画家になると信じて就活もせずにいた私が流れで始めた職場でなんとなく2年近く働いた。それまで外部との関わりを嫌っていた私がいっきに社交的になったので、その切羽詰まった状況での接客の仕事は自分に大きな影響を与えている。仕事をしてる分には特に違和感を感じてはいなかったけど、それでもその他の趣味的なことや日常の話になるとそこに驚く程の違和感があった。

自分が一般的には多少ズレていると認識はしていたけれど、そのズレの度合いには本人である私が気づく筈もなく、最終的には仕事の条件なども含めつつキモチ的な違和感もあってその職場を辞めた。それから転職して2度の立て続けの失業をした後に、今、色んなタイミグでその頃の職場に戻ってきてしまっている。
10年以上経っているので時代も私自身も変わり、昔のような違和感はほぼない。

以前このブログでも書いたけれども、私は結局どこにいても自分が属していない気がする。地に足つかずふわふわしている。昔の同級生エリート達の中にいても、美術系の似た者同士が集まる中に入っても、それまでの自分と関わりない社会に出てからの日常の中でも、なんなら大好きなネットの世界に入りこんだつもりでいても、どこにも自分は属していないのが自分でもわかる。

だけれどその知らない世界の人たちの中にいるからこそ、ちょっとした共感部分に大きな感激をするし、だからこそ共感できない小さな部分に反発心も感じてしまう。時々そのわかりあえなさに絶望的な気持ちにもなる。それでも私は似た者同士で集ったり、自分の事をすんなりわかってくれそうな似た様な環境で生きてきた人との安心感ではなく、その違和感の方に(めんどくさいけど)より深く興味をもってしまうわけで。(完全に違和感が勝ってしまうとまた別。)

いつでも放棄できる楽な関係よりもちょっとしたひっかかりやしつこさというか、結局そういう関係でなければ、なかなかもう他人に本気では興味も持てなくなっているのかもしれないなぁとも思っている。
そして、そうやって本気で興味が持てる相手は実はそんなにいないし、この先そういう相手がいない人生はいくら一見派手に見えても孤独なもんじゃないかと思ってる。

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27
6月 14

折り返して死に近づいたのか

人に貸そうと思って貸しそびれた漫画をなんとなくパラパラ見ながら、今まで読んでなかった最後の解説に初めて目を通した。この漫画自体が「死」にまつわる内容なので解説も「死」についてのものだった。文中で36歳の誕生日にふと人生折り返した気がしたということが書かれていたけれど、私も近年そういう感覚がある。あーあ折り返しちゃったという名残惜しさと同時に、まだまだ半分もあるのかっていう面倒くさいような気持ちと。

30代になってから若い頃のしがらみや自意識が薄まって大人になるのもいいなぁなんてのんきに思っていたものの、30代半ばを超えた辺りから自分に関してはほとんどもう答えが出てしまっているのかもしれないという焦りや、ここからは何かを吸収するよりも今まで自分がやってきたことを整理していくぐらいしかできないのかもという気持ちから「折り返した」という実感が突然わき出した。

私が「死」について意識し出したのは保育園に通ってる年頃からで、その感覚ははっきり覚えている。漠然としてはいたけど恐がりなのもありスグに死ぬかもと過ってしまう子供時代と思春期だった。気が強いのにうたれ弱いのですぐに死に逃げようとする。かといって具体的に自殺云々というわけでもなくて、苦しくなるとなんとなくあーもう死ぬしかないのかって思っちゃうだけなんだけど、結局は生きるか死ぬかの二択しかないんだという思いがずっとあった。好きなミュージシャンやテレビに出ている有名人が若くして死ぬたびに、この人が死んだのに自分は生きてしまっているということに息苦しくなったりもした。

そうして35歳になる年に震災が起きた。年齢的に折り返すという感覚と、更に現実的に生死について身近に感じる出来事が重なって、それまでの「死」に対する湿った恐怖みたいなものがストンと落ちて、もっと乾いた「死」の気配がやって来た。それは、死が怖いものだと思うと同時に、皆いつか必ず死ぬという当然のことを当然受け入れるしかないという諦めというか覚悟みたいなもの。近頃は親しくなった相手に対して、この人もいつか死ぬんだと真っ先に思うようになった。

近年のこの感覚は「死」に近づいたというよりも「生」を意識しだしたというのに近い気がする。なんかうまく言えないけど、人生折り返してこのまま「死」に向かっているのだろうという確信と共に、でも今ワタシ生きてるのよねっていう「生」への実感が以前より強くなったような。そして、自分にとって大事だと思える相手が今生きてて私の目の前にいるっていう当たり前の状態に甘えちゃいけないなぁとか、自分にとって大事なことをおざなりにしたり後回しにすることは今生きてる自分に失礼だよなとか、とにかく大事だと自分が確信持って思えるものに対してはなるべく丁寧でいたいと思うようになった。

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