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12
7月 13

第一印象と違うの?

昔からずっと頻繁に感じていることで、人に対して抱く第一印象が最終的に1番正しいのではないかというのがあります。(よい意味でも悪い意味でも。)
途中で意外な面や思ったよりも○○かも、、、みたいなことがあって、だんだん第一印象と違うような気がしてきて、人は見た目じゃないとか、第一印象は当てにならないなんて思ったりしちゃっても、結局最後は自分が最初に直感で感じた相手の印象に戻ってくるから不思議です。逆に、最初は苦手と思っててもいいところもあるなーなんて見直して油断していると、結局最初に自分が苦手だと感じていた部分がみえてしまったり。
意外な面の方につい反応しちゃうのから、最初の印象と違うところがあると強く感じてしまうだけで、実は見た目に(その見た目から自分を通して受け取る印象に)だいたいの情報は現れているのかもしれません。

恋愛においても、一目惚れで結婚した夫婦は別れにくい(なぜか男性からの一目惚れの場合)という話を聞いたこともあります。
自分の目を通して自分が直感的に得る情報ってけっこう当てにしていいんじゃないかと思っています。むしろなんとなく自信がない時に、直感よりもよけいな理屈で考えようとしちゃうのかもしれません。

というのが、、、印象と中身が違うとよく言われる私の言い分です。


05
7月 13

“ののの”の、の

月日が経つのは早い、なんて話をよくしていると、いやいや絶対にあなたなんかよりももっと私の方が早く感じているんだから、なんてムキになって言いたくなってしまう。というぐらい、気づいたら月日が経っている…。

今年も気づいたら半分終わりました。そんなこと考えてこの半年のこと思い起こすと、私って焦って生きているのかな、とふと思いました。何にというよりも、いちいち答えを早く出すことそのこと自体に焦っているような。毎月月末に、あー今月もまた何もなし得ないまま過ぎ去っていくなんて、いちいち感傷的になります。

さてさて、そんなわけであっという間に個展がやってきました。明後日土曜日から新宿ゴールデン街のバー「グリゼット」というお店での個展です。

新宿ゴールデン街というところへ行ったことがない人はピンとこないかもしれないのですがちょっと濃い飲み屋街です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/新宿ゴールデン街
私が初めて行ったのは学生時代で、街をあげてのアート系のイベントをやっていた時でしたが、当時はまだ会員制のお店も多くて一見さんはもちろん美大生のガキンチョなんて入れないような雰囲気で、実際そのイベント自体も色々問題があり続かなかったようです。それからしばらくたって30歳近くなってから、編集者や知人のラーメン屋や映画関係の友達に連れられて時々行くようになりました。

今回展示をするグリゼットというお店は二階の部屋で展示ができるようになっていて、今までの所謂ギャラリー空間とは違って普通の家のこじんまりした部屋という感じ。お酒を飲む場所だということもあり、いつもよりも軽めの絵画作品といつもよりも前に押し出した言葉を使って、部屋全体が自分の頭の中のようなイメージになるように展示する予定です。(実際展示作業したらちょっと違うかも?ということになるかもしれないけど、、)

どちらかというと今まで私の場合は、展示の仕方や作品説明などが淡々としていたり、あまりわかりやすく情報を出さない方なのですが、今回はわりとその辺も違った形でやってみるつもり。さてどうなることか。もう明後日だけど、とにかく最後まで気を抜かずに準備をしたいものです。(まだまだ準備は続く!)

よろしくおねがいします!
グリゼットのブログ http://grisettegoldengai.blogspot.jp/2013/06/blog-post_24.html
展示の詳細 http://naoko-nojima.com/blog/info/


19
6月 13

手放しました

先日ここで書いた通り失業中からフリーターに生活が変わり、拘束時間の長い今のバイトに時々もらえるデザインやイラストの在宅仕事が加わると、忙しさで月日がたつのが早く感じられます。しばらくのんびり過ごしていたためか前よりも疲れやすくなり、ここ2ヶ月ほどは色々と生活の変化に伴って精神的にもくたびれるようになりました。
そんな中もう一つ、先月自分の中での大きな変化がありました。

4年間借りていた共同アトリエを手放すことにしました。
元々卒業後も住居のワンルームで無理矢理100号まで描いていたのですが、毎年展示を続けているうちに作品が増え続けて環境的には限界に。。。その時たまたまいい物件が見つかり即決したのがそこでした。
東京のアトリエ事情としては圧倒的に神奈川や八王子の駅から更に移動が必要な場所が多くて、仕事帰りに行くには不便な立地ばかり。安くて広い倉庫物件となると必然的にそうなってしまうのですが、前職場近くに借りることができたので仕事帰りに寄って制作できるようになりました。長いこと狭い部屋で描いていたので、やっと手に入れたアトリエでの制作は本当に幸せでした。事務所物件なので郊外のアトリエよりは狭いのですが、環境がよくなって作品にも安定感というか落ち着きが出てきたと思います。

そうして昨年の失業。失業により通勤定期もなくなったので交通費が出せずにアトリエに通えなくなった訳です。失業して自由な時間はできたのにアトリエには通えないという状況にしばらく気力喪失しましたが、なんとか部屋を片付けて画材を運んで、またワンルーム制作に戻しました。

そうしているうちにアトリエ更新の時期がきて、他のメンバーもアトリエを維持する事が困難になりつつあったため、ひとまず手放すことに決まったのです。私は作品をストックする倉庫が必要なので、結局郊外の知人の共同アトリエに倉庫としてスペースを借りる事に。先月末になんとか作品を運び終えて、みんなでアトリエを掃除して物件を解約しました。

そもそも絵に限らずものを作るというのはとても孤独な作業です。大学を卒業してからは特に実際に1人で作業することも増えるし、私はフリーで活動しているので何を決めるのも自分だし、勝手に続けていることなので苦しくても自分で解決するしかないわけで、そういう意味でも孤独だったりします。あのアトリエを借りたことでメンバーにも制作に対する意識が変わったり、苦労しながらも色んな形で制作を続けている人が近くにいるのは支えになりました。

またしばらくは狭い部屋で、ベッドに上がりながらキャンバスはったり、机の角にぶつけながら作品を梱包したり、オイルのにおいの中で眠る生活になります。

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11
6月 13

失業していました

実は去年から1年近く失業していました。失業保険もきれて2ヶ月前ぐらいからフリーター生活です。

大学を卒業してから絵を描きたいからとしばらくフリーターだったのですが、バイトだと貯金も無いし雇用保険がもらえないため、転職の際にも次の仕事を探して掛け持ちしながら移行して最終的には正社員になったものの、、気づいたら転職しながらも10年働き続けていました。
フリーターの時は無知な人にニートと同じ扱いをされたりバカにされるようなこともあったけど、むしろ休むと給料が減るので休みは少なかったし、接客業は世の中がお休みの時に休めない事も多いので、2連休あれば嬉しいぐらいの生活が続いていました。それが当然だと思うと案外我慢もできて、あいてる少ない時間に集中して絵を描くことにも慣れました。

実家も親戚も身近な人にも自営業が多くて、実家の飲食店は私が高校生になる頃まで年中無休で両親とも毎日休まずに働くことが当たり前。そんな家で育ったわりに私だけはおっとり豊かな学生時代を過ごしたのですが、それでも社会に出ると働くことに意外に躊躇せず入り込めたのはたぶん我が家の体質なのかと思っていました。

フリーター慣れしていた私も数年前に正社員になりました。数種類の業務を同時にこなす職場だった事や給料の悪さもあってなかなか厳しい労働条件だったけれど、バイトよりは気分的に楽だったし、働く事は嫌いじゃないのでなんとか続けていました。働くことが当然だという生活の中にいると、働かない事が罪のような気がしてきます。残業が当たり前になると残業ない日がおかしい気がしてきます。そのうち休日だけが楽しみになっていく一方で、休日にも気持ちが休みきれないワーカーホリック気味になっていきました。休日もスーパーに行くと職場で必要なものばかりチェックしていたり、大きな連休は嬉しいけど終わりに近づくと怖くなって、勝手に休日出勤して残務や休日明けの仕事の準備をしてしまうようになりました。

そんな落ち着かない日々から突然の失業。しばらくはボケっとしたり、ずっと我慢していた好きな事をするようにしました。お金がなくてそんなに自由は続きませんでしたが、平日にすいてる映画館に行ったり、友人のライブツアーについて地方に行ったり、いつも混んでて入れないお店に早い時間に行って飲み始めたり、そういう事をしながら求職しているうちになんとなく働くことについて考えるようになりました。

考えても答えはでませんでした。私レベルの忙しさでも仕事によって失ったものが少しはありました。生活があるので働かないといけないことだけは変わりませんが、この1年で仕事に対する熱はすっかり冷めてしまいました。仕事をしなくなったら落ち着かなくてすぐに働きたくなるのではないかと思い込んでいたのに、そんなことまったくありませんでした。先の事なんか考えずに最低限の労働と最低限の収入でいいんじゃないか、というのが現状の気持ちです。

私の場合は自分のことだけ考えていればいいような状況なので気楽なものです。養う家族がいたり、たくさんの従業員を抱えながら上に立って仕事してる人には、なんで働くかなんてこと考えることすらバカバカしいのだろうとも思います。だけども忙し過ぎて、本当に大切なものはなにかということを考えないようになることだけはさけたいというのが、今の私の結論です。


09
6月 13

しつこさと距離感

私は自分をしつこい人間だと思うしすぐに頭が一杯になるけれど、その一方で完全にのめり込む程の持続力のない飽きっぽさもあるのでそういう意味では何に対しても距離感があるような気もしている。

絵を続けているのはそのしつこさのせいもあると思う。

美大時代の同級生はもうずいぶん絵を止めてしまっていて、続けている方が珍しいぐらいだ。それでも一時期止めたところからまた戻ってくる人もいるので、スポーツなんかとは違って再開できる可能性があるのはいいことだと思う。(もちろん復帰の精神力体力はかなり必要だけど。)

勿論売れているから続けている人も一部いるし、実家暮らしや生活が多少安定した環境の中で続けられている人もいるけれど、私のようなポジションで続けているとなると更に少なくなる。歳とともにそろそろやめようかと過るスパンも昔より短くなった気もするし、そこから這い上がるとやっぱりしばらく止められないなということにもなる。

浪人が長かったので予備校時代から絵を描く事や美術からイチ抜けしていく人をずいぶん見てきた。多浪してから美大に入って正直な第一印象は、予備校の方がレベルが高かったということ。完全に私の主観だし学校にもよるとは思うけど。自分もよくしつこく多浪したなとは思ったけれど、受験で脱落して描かなくなっていく人の中にもたくさんの可能性があった。続けることこそ才能だなんてこともよく聞くけれども、そういうことならばしつこい私にはわりと才能があるようだ。

美大の同級生の結婚式なんかで久々に皆と再会すると、まだ描いてるなんてエラいみたいにしみじみ言われたりするし、久々にFacebookで再会した予備校の同級生にも続けてるのを知って嬉しかったとか応援しているとか、そんな風に言われる。逆に作家活動としては描いていないけど時々絵は描きたくなって描くよなんて話を聞くと、こっちこそ勇気づけられたりもする。

私の制作活動は生活とごちゃ混ぜで、結果的には生活無しには作品が生まれない。すごく自意識過剰だったりもするけれど、生活がある以上は自意識だけにも偏れない。日々を真っ当に送るという当たり前の事をしなければいけないし、そこに対する執着も案外あったりするので、自然と制作との距離感ができるのだと思う。

しつこさと距離感のどちらもあって、なんとなくバランスがとれている気はしている。

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