Painter 野嶋奈央子 Naoko Nojima Blog > 2014 > 7月

7月, 2014


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7月 14

知らない世界の人たち

若い頃は学校が同じなどの条件で知り合う友達が圧倒的に多かったし、特に小学校から受験校だった上に大学は美大に行ったので、常にどことなく近い環境の人が周りにいた。

大学を卒業して何も疑わずに親から支援がもらえると信じきっていた私は、実家に帰らないなら勝手にしなさいと親に突きつけられて喧嘩腰のまま社会に出た。何も考えずに画家になると信じて就活もせずにいた私が流れで始めた職場でなんとなく2年近く働いた。それまで外部との関わりを嫌っていた私がいっきに社交的になったので、その切羽詰まった状況での接客の仕事は自分に大きな影響を与えている。仕事をしてる分には特に違和感を感じてはいなかったけど、それでもその他の趣味的なことや日常の話になるとそこに驚く程の違和感があった。

自分が一般的には多少ズレていると認識はしていたけれど、そのズレの度合いには本人である私が気づく筈もなく、最終的には仕事の条件なども含めつつキモチ的な違和感もあってその職場を辞めた。それから転職して2度の立て続けの失業をした後に、今、色んなタイミグでその頃の職場に戻ってきてしまっている。
10年以上経っているので時代も私自身も変わり、昔のような違和感はほぼない。

以前このブログでも書いたけれども、私は結局どこにいても自分が属していない気がする。地に足つかずふわふわしている。昔の同級生エリート達の中にいても、美術系の似た者同士が集まる中に入っても、それまでの自分と関わりない社会に出てからの日常の中でも、なんなら大好きなネットの世界に入りこんだつもりでいても、どこにも自分は属していないのが自分でもわかる。

だけれどその知らない世界の人たちの中にいるからこそ、ちょっとした共感部分に大きな感激をするし、だからこそ共感できない小さな部分に反発心も感じてしまう。時々そのわかりあえなさに絶望的な気持ちにもなる。それでも私は似た者同士で集ったり、自分の事をすんなりわかってくれそうな似た様な環境で生きてきた人との安心感ではなく、その違和感の方に(めんどくさいけど)より深く興味をもってしまうわけで。(完全に違和感が勝ってしまうとまた別。)

いつでも放棄できる楽な関係よりもちょっとしたひっかかりやしつこさというか、結局そういう関係でなければ、なかなかもう他人に本気では興味も持てなくなっているのかもしれないなぁとも思っている。
そして、そうやって本気で興味が持てる相手は実はそんなにいないし、この先そういう相手がいない人生はいくら一見派手に見えても孤独なもんじゃないかと思ってる。

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