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記録癖とか言語化とか

いつからだったかずいぶん前から個展の際にテキストを作成するようにしている。たぶん、作品タイトルが褒められるようになってからその延長で始まったのだと思う。元々わかりにくい作風なので、そこに抽象的で詩的なタイトルをつけて、更に抽象的なテキストを付けて、私本人は真面目に説明しているつもりでむしろ説明しすぎてしまったかなんて思っていると、どうやら余計にわかりにくくしてるようだ。

それでも、嬉しいこととも言いにくいけど、最近は絵よりもテキストを褒められることが実は多い。テキストの方をうまく作品化できないかとも考えたりもするようになった。

言葉が好きなんだと思う。だけど、なんでもかちっと文章化してまとめるには頭がおいつかない。昔は考えすぎて動けなくなることもあったりしたけど、考えても頭がいいわけでもないので答えが出る訳じゃないから、それによって動きが鈍るのは無駄だと思っている。

 

ただ、感情を言葉にしたい。なので感情的になる出来事があったらメールを作る。女特有の長文メールというやつなのかもと思うけど、私にとっては思考をまとめるのは言語化がいちばんいい。そのまま送らないメールもたくさんある。何日もかけて作るメールもある。ブログをたくさんやっていた頃も、日々の溜まって行く出来事や感情を記録していくことで、自分の中の感情を客観的に自分なりに分析して整理がついた。ネットを日常的にするようになる前は、メモ帳に感情をメモしていた。それが絵画作品になっているから、テキストや作品タイトルがつくのは必然なのかもしれない。

 

ツイッターでも文章を書く仕事をしている人や考えるのが仕事の有名人って、忙しそうなのに呟きが多い。たぶん、言語化して出すのが自然なことなんだと思う。私もその瞬間の思っていることを短く言語化してボタっと勝手に落としていくだけのツイッターはむいている。(だけど調子の悪い日は、ツイートが形になって飛び交ってるモノに見えてきて混乱する日もある。)ツイッターを始めてからは複数やっていたブログも更新しなくなった。唯一続いているのは食べたものブログ。記録癖があって、見た夢とか、見た映画とか、食べたものとか、そういうものをなんとなくとっておきたいのだけなんだけど。

感情を言語化するのも、私にとっては記録癖に含まれてる気もする。その時の感情を形にして出してとっておきたいのだ。

文章にすると、自分の感情に対して客観的になれる。自分にイイワケしなくなる。だって自分にイイワケなんかしてたら後から読んで恥ずかしくなるし。ツイッターもブログは匿名にしてるから、人目を気にしないぶん素直でいられる。というわけで、ここは実名でやってるブログなので、無意識でもそれなりに人目を気にして書いているわけだ。

 

 

 

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