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偏っています

若い頃は今よりももっとずっと拒絶してしまうモノやコトが多くてこの先ワタシ生きていけるのかなーと思うような潔癖さがあった。そんな私も歳と共に色んなものを(むしろけっこう)受け入れられるようになり、ある程度の距離を保ちながらも案外広い人付き合いが出来るようにもなった。(と、思う。)

それでもまだまだ自分の知らない偏った世界があって、それが自分のそれと違う時に拒絶に近い反発をしてしまう自分がいる。

○○を当然してきた人と、○○があるのを知っていたけどそんなもん一部の人間のもので普通はしないでしょ?という認識で生きてきた私と、そうなると必然的に自分の周りにはしない人が圧倒的に多かったりして、○○を当然してきた人というのが別世界の話に感じてしまう。
そうして、当然してきた人と自分の世界との違和感が受け入れ困難な気がして拒絶してしまったりする。

この話をしていたときに、知人がすごくわかりやすい例えをしてくれた。例えば、ゲーセン感覚で○○をする人にゲームをしないし全く興味もない人がいるんだという説明をするのは難しいことで、たぶん、いやいや部屋では休日にゲームするけどゲーセンまでは行かないよとか、通勤時にスマホでゲームする程度だよとか、ゲームが凄く好きな訳じゃなくてなんとなくゲーセン誘われたから時間つぶしにとか、そういう話も出てきたりして、時間つぶしにすらゲームを選ばないぐらいゲームしない人がいるという事を伝えるのって難しいんだ、という話で。

例えば新しい職場で好みの話になって、映画も音楽もたくさん好きなものがある私だけど、世の中の所謂売れ線とはまったくかぶらないので、○○は好き?と聞かれるたびに前否定になってしまって、結局じゃあノジマさんは何がすきなの?普段何してるの?なんてこと言われたりするわけだけど、私からするとそういう売れ線のものだけの世界にいる人も偏ってて、でも私も同じぐらいに偏ってるってことなんだろうなということなんだけど。

つまり、○○を当然する世界にいる人も当然しないと思っている私も、どっちが多いからどっちが本当なんだとかの比率はどうあれ、結局同じように偏ってるということなのかなと。その偏りを完全に許容できなくてもその状況をまずは認めながら相手と話ができるほどの許容範囲をもちたいなあ、というのが今のところの結論!

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