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6月 3rd, 2013


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6月 13

若さと馬鹿さと、大人の強さと鈍感と

先月またひとつ歳をとりました。いい意味でいつまでも子どものようでいたいと思っている私も所謂大人になっているなあと、最近は特に感じます。さて、今日もツイッターで共感した蒼井ブルーさん(カメラマンさんのようです)のつぶやきから。

@blue_aoi 「顔にシワが出来たり髪が白くなったりしていくのちっともこわくないけど鈍感になっていくのはやだな。」

私はもうシワも十分に怖い年頃なんだけど、この鈍感さっていうのはもっとずっと怖いと思っています。

今まで年下と接する事が比較的多かったのだけど、近年は5歳以上離れた年下と話していると自分もけっこう大人になったと感じる事が急激に増えました。自分も若い頃はこんなだったのかも?と振り返ってみたりしながら話を聞くようにはしてみるけどなかなか違和感は埋められなくて、今までの大人達が散々言ってきた「まったくイマドキの若者は」という気持ちになる事も増えて。

歳をとるにつれて確実に強く(タフに?)なる一方で、鈍感になっていくのは怖いことだと思っています。私が1番苦手な「おとな」的な振る舞いは、面倒ごとに関わらないようにしたり、流すことや感情を押し殺すこと。私が感情的にわーわーするとそれを子どもだと言う人も時々いるけれど、本当は嫌だったり傷ついているのに、流したり傷ついていないように振る舞うことが大人なら、別に大人になんかなりたくないのです。自分の感情に鈍感になるのは嫌だし、そこにすら気づかずに無意識で大事なことから逃げて傷つかないように自分を守るのが大人ならば、ずっと子どものままでいい。自分にも誠実でいたいし、誠実でいることには精神的体力が必要で疲れることなんだけどね。

もちろん無防備に何に(誰に)でも感情をぶつける訳でもないし、それこそ大人なので他人に迷惑をかけるのは避けたい。その中で自分にとって本当に大事なことや人には、傷つきながらもある程度ぶつかっていくことが結果的に健康的な気がします。

中高生の頃に大好きだったユニコーンが解散する時の最後の曲「すばらしい日々」の歌詞は、当時の私にとって大人の唄でした。大事なものを捨てたり忘れたりして生きていくのが大人なんだろうなと漠然と感じていました。時々youtubeで懐かしい曲を検索してる時に聴いてしまうのだけど、やっぱり今聴いてもその印象は変わらずです。

http://www.youtube.com/watch?v=UA33zQ-DY1w

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