Painter 野嶋奈央子 Naoko Nojima Blog > 2013 > 6月

6月, 2013


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6月 13

手放しました

先日ここで書いた通り失業中からフリーターに生活が変わり、拘束時間の長い今のバイトに時々もらえるデザインやイラストの在宅仕事が加わると、忙しさで月日がたつのが早く感じられます。しばらくのんびり過ごしていたためか前よりも疲れやすくなり、ここ2ヶ月ほどは色々と生活の変化に伴って精神的にもくたびれるようになりました。
そんな中もう一つ、先月自分の中での大きな変化がありました。

4年間借りていた共同アトリエを手放すことにしました。
元々卒業後も住居のワンルームで無理矢理100号まで描いていたのですが、毎年展示を続けているうちに作品が増え続けて環境的には限界に。。。その時たまたまいい物件が見つかり即決したのがそこでした。
東京のアトリエ事情としては圧倒的に神奈川や八王子の駅から更に移動が必要な場所が多くて、仕事帰りに行くには不便な立地ばかり。安くて広い倉庫物件となると必然的にそうなってしまうのですが、前職場近くに借りることができたので仕事帰りに寄って制作できるようになりました。長いこと狭い部屋で描いていたので、やっと手に入れたアトリエでの制作は本当に幸せでした。事務所物件なので郊外のアトリエよりは狭いのですが、環境がよくなって作品にも安定感というか落ち着きが出てきたと思います。

そうして昨年の失業。失業により通勤定期もなくなったので交通費が出せずにアトリエに通えなくなった訳です。失業して自由な時間はできたのにアトリエには通えないという状況にしばらく気力喪失しましたが、なんとか部屋を片付けて画材を運んで、またワンルーム制作に戻しました。

そうしているうちにアトリエ更新の時期がきて、他のメンバーもアトリエを維持する事が困難になりつつあったため、ひとまず手放すことに決まったのです。私は作品をストックする倉庫が必要なので、結局郊外の知人の共同アトリエに倉庫としてスペースを借りる事に。先月末になんとか作品を運び終えて、みんなでアトリエを掃除して物件を解約しました。

そもそも絵に限らずものを作るというのはとても孤独な作業です。大学を卒業してからは特に実際に1人で作業することも増えるし、私はフリーで活動しているので何を決めるのも自分だし、勝手に続けていることなので苦しくても自分で解決するしかないわけで、そういう意味でも孤独だったりします。あのアトリエを借りたことでメンバーにも制作に対する意識が変わったり、苦労しながらも色んな形で制作を続けている人が近くにいるのは支えになりました。

またしばらくは狭い部屋で、ベッドに上がりながらキャンバスはったり、机の角にぶつけながら作品を梱包したり、オイルのにおいの中で眠る生活になります。

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11
6月 13

失業していました

実は去年から1年近く失業していました。失業保険もきれて2ヶ月前ぐらいからフリーター生活です。

大学を卒業してから絵を描きたいからとしばらくフリーターだったのですが、バイトだと貯金も無いし雇用保険がもらえないため、転職の際にも次の仕事を探して掛け持ちしながら移行して最終的には正社員になったものの、、気づいたら転職しながらも10年働き続けていました。
フリーターの時は無知な人にニートと同じ扱いをされたりバカにされるようなこともあったけど、むしろ休むと給料が減るので休みは少なかったし、接客業は世の中がお休みの時に休めない事も多いので、2連休あれば嬉しいぐらいの生活が続いていました。それが当然だと思うと案外我慢もできて、あいてる少ない時間に集中して絵を描くことにも慣れました。

実家も親戚も身近な人にも自営業が多くて、実家の飲食店は私が高校生になる頃まで年中無休で両親とも毎日休まずに働くことが当たり前。そんな家で育ったわりに私だけはおっとり豊かな学生時代を過ごしたのですが、それでも社会に出ると働くことに意外に躊躇せず入り込めたのはたぶん我が家の体質なのかと思っていました。

フリーター慣れしていた私も数年前に正社員になりました。数種類の業務を同時にこなす職場だった事や給料の悪さもあってなかなか厳しい労働条件だったけれど、バイトよりは気分的に楽だったし、働く事は嫌いじゃないのでなんとか続けていました。働くことが当然だという生活の中にいると、働かない事が罪のような気がしてきます。残業が当たり前になると残業ない日がおかしい気がしてきます。そのうち休日だけが楽しみになっていく一方で、休日にも気持ちが休みきれないワーカーホリック気味になっていきました。休日もスーパーに行くと職場で必要なものばかりチェックしていたり、大きな連休は嬉しいけど終わりに近づくと怖くなって、勝手に休日出勤して残務や休日明けの仕事の準備をしてしまうようになりました。

そんな落ち着かない日々から突然の失業。しばらくはボケっとしたり、ずっと我慢していた好きな事をするようにしました。お金がなくてそんなに自由は続きませんでしたが、平日にすいてる映画館に行ったり、友人のライブツアーについて地方に行ったり、いつも混んでて入れないお店に早い時間に行って飲み始めたり、そういう事をしながら求職しているうちになんとなく働くことについて考えるようになりました。

考えても答えはでませんでした。私レベルの忙しさでも仕事によって失ったものが少しはありました。生活があるので働かないといけないことだけは変わりませんが、この1年で仕事に対する熱はすっかり冷めてしまいました。仕事をしなくなったら落ち着かなくてすぐに働きたくなるのではないかと思い込んでいたのに、そんなことまったくありませんでした。先の事なんか考えずに最低限の労働と最低限の収入でいいんじゃないか、というのが現状の気持ちです。

私の場合は自分のことだけ考えていればいいような状況なので気楽なものです。養う家族がいたり、たくさんの従業員を抱えながら上に立って仕事してる人には、なんで働くかなんてこと考えることすらバカバカしいのだろうとも思います。だけども忙し過ぎて、本当に大切なものはなにかということを考えないようになることだけはさけたいというのが、今の私の結論です。


9
6月 13

しつこさと距離感

私は自分をしつこい人間だと思うしすぐに頭が一杯になるけれど、その一方で完全にのめり込む程の持続力のない飽きっぽさもあるのでそういう意味では何に対しても距離感があるような気もしている。

絵を続けているのはそのしつこさのせいもあると思う。

美大時代の同級生はもうずいぶん絵を止めてしまっていて、続けている方が珍しいぐらいだ。それでも一時期止めたところからまた戻ってくる人もいるので、スポーツなんかとは違って再開できる可能性があるのはいいことだと思う。(もちろん復帰の精神力体力はかなり必要だけど。)

勿論売れているから続けている人も一部いるし、実家暮らしや生活が多少安定した環境の中で続けられている人もいるけれど、私のようなポジションで続けているとなると更に少なくなる。歳とともにそろそろやめようかと過るスパンも昔より短くなった気もするし、そこから這い上がるとやっぱりしばらく止められないなということにもなる。

浪人が長かったので予備校時代から絵を描く事や美術からイチ抜けしていく人をずいぶん見てきた。多浪してから美大に入って正直な第一印象は、予備校の方がレベルが高かったということ。完全に私の主観だし学校にもよるとは思うけど。自分もよくしつこく多浪したなとは思ったけれど、受験で脱落して描かなくなっていく人の中にもたくさんの可能性があった。続けることこそ才能だなんてこともよく聞くけれども、そういうことならばしつこい私にはわりと才能があるようだ。

美大の同級生の結婚式なんかで久々に皆と再会すると、まだ描いてるなんてエラいみたいにしみじみ言われたりするし、久々にFacebookで再会した予備校の同級生にも続けてるのを知って嬉しかったとか応援しているとか、そんな風に言われる。逆に作家活動としては描いていないけど時々絵は描きたくなって描くよなんて話を聞くと、こっちこそ勇気づけられたりもする。

私の制作活動は生活とごちゃ混ぜで、結果的には生活無しには作品が生まれない。すごく自意識過剰だったりもするけれど、生活がある以上は自意識だけにも偏れない。日々を真っ当に送るという当たり前の事をしなければいけないし、そこに対する執着も案外あったりするので、自然と制作との距離感ができるのだと思う。

しつこさと距離感のどちらもあって、なんとなくバランスがとれている気はしている。

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6
6月 13

台湾

惹かれる国というのがあるならば、ロシアと台湾かな。。。ロシアはロシア映画が好きだった頃になんとなく地元北海道のひんやりした空気を思い出してしみじみと好きだったのだけど、台湾に対しては漠然となんとなく好きじゃないかと思っていました。
先月今回ヤングアート台北 http://www.youngarttaipei.com/ に作品を出すことになって、憧れの台湾へ初めて行ってきました。

海外旅行は好きだけどなんとなく落ち着かなくて最後は疲れてしまったり、食べ物が合わなくてすぐに食生活が辛くなるのだけど、台北はその緊張や問題もなくてなんだか懐かしい感じがしてやっぱり好きな国だった!

たまたまむこうに友人もいたので夜市に一緒に行ったり、知人のラーメン屋さんをのぞいたり、もう何年ぶりだかわからない知人と久々の再会して作品まで買っていただいて、いい思い出しかない旅行になりました。

久々の再会の会話の中で、台湾のこの懐かしい感じは昔の日本に似ているんじゃないかなあという話になって。実際はすごく都会だし駅なんかもきれいですごく使いやすいんだけど、道や店内に野放しの犬が普通に歩いていたり、コインロッカーの使い方わからなくて困ってたらランニングにステテコみたいな姿のおじさんが助けてくれたり、道路ががたがただったり、、、小さい頃の日本ってこんな感じだったなーと、そんな気がしました。

台湾また行きたい!
近いからか、すぐにまた行ける気がしています。


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楽しくてつい旅の写真ばかり撮ってしまうけど、アートフェアの方もお客様にたくさんきていただいてすごく充実していました。こういった機会に恵まれて参加できただけでもよかった!

 

 


3
6月 13

若さと馬鹿さと、大人の強さと鈍感と

先月またひとつ歳をとりました。いい意味でいつまでも子どものようでいたいと思っている私も所謂大人になっているなあと、最近は特に感じます。さて、今日もツイッターで共感した蒼井ブルーさん(カメラマンさんのようです)のつぶやきから。

@blue_aoi 「顔にシワが出来たり髪が白くなったりしていくのちっともこわくないけど鈍感になっていくのはやだな。」

私はもうシワも十分に怖い年頃なんだけど、この鈍感さっていうのはもっとずっと怖いと思っています。

今まで年下と接する事が比較的多かったのだけど、近年は5歳以上離れた年下と話していると自分もけっこう大人になったと感じる事が急激に増えました。自分も若い頃はこんなだったのかも?と振り返ってみたりしながら話を聞くようにはしてみるけどなかなか違和感は埋められなくて、今までの大人達が散々言ってきた「まったくイマドキの若者は」という気持ちになる事も増えて。

歳をとるにつれて確実に強く(タフに?)なる一方で、鈍感になっていくのは怖いことだと思っています。私が1番苦手な「おとな」的な振る舞いは、面倒ごとに関わらないようにしたり、流すことや感情を押し殺すこと。私が感情的にわーわーするとそれを子どもだと言う人も時々いるけれど、本当は嫌だったり傷ついているのに、流したり傷ついていないように振る舞うことが大人なら、別に大人になんかなりたくないのです。自分の感情に鈍感になるのは嫌だし、そこにすら気づかずに無意識で大事なことから逃げて傷つかないように自分を守るのが大人ならば、ずっと子どものままでいい。自分にも誠実でいたいし、誠実でいることには精神的体力が必要で疲れることなんだけどね。

もちろん無防備に何に(誰に)でも感情をぶつける訳でもないし、それこそ大人なので他人に迷惑をかけるのは避けたい。その中で自分にとって本当に大事なことや人には、傷つきながらもある程度ぶつかっていくことが結果的に健康的な気がします。

中高生の頃に大好きだったユニコーンが解散する時の最後の曲「すばらしい日々」の歌詞は、当時の私にとって大人の唄でした。大事なものを捨てたり忘れたりして生きていくのが大人なんだろうなと漠然と感じていました。時々youtubeで懐かしい曲を検索してる時に聴いてしまうのだけど、やっぱり今聴いてもその印象は変わらずです。

http://www.youtube.com/watch?v=UA33zQ-DY1w

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