Painter 野嶋奈央子 Naoko Nojima Blog > 2012 > 10月

10月, 2012


25
10月 12

喪服の人々

駅からうちへ向かう1本道が好きだ。
1本道の入口付近には、お寺、小さな池、三味線屋さん、クリーニング屋さん、その辺りを過ぎるとすぐに住宅地に入る。
静かなその1本道は、夜になると静か過ぎて人とすれ違うのは少し怖いけれど、天気のいい午後は青空と対照的に濃い影の落ちる風景がとてもいい。

その1本道入口から反れた方にお葬式などをする会場があるようで、ちょうどその辺りで喪服の人々とすれ違う事がある。

私は喪服の人々が、何人かで連れ立って笑顔で話ながら歩く姿がどうも好きなのだけれど、
それはたぶん同じ悲しみを抱えた人たちが、でもその瞬間生きていて、そして笑顔で時間を共有している感じが好きなんだと思う。

今年の春、おじいちゃんが亡くなってお葬式で集まったとき、うちの家系のわりにはわりと大往生だったのでそんなに辛い悲しみではなかった。
長い冬から春に向かう午後のあの日、親族が集まった待合室の窓から見えた風景は寂し気だけれど温かくて、なんとなく喪服の人々が笑顔で歩く姿をみかける時の気持ちに似ていた。

 


17
10月 12

白黒 の 世界

 

このブログはそんなに見ている人もいないだろう、という事で懐かしい浪人時代のデッサンをアップしました。写真が荒くてなかなか実物の線や色味は出ないけれど、なんとなく作風はわかるかな。。

多浪した私の1番の苦労は、想定(又は構成)デッサンでした。
1浪目までは大好きな石膏デッサンをひたすらやっていればいいと思っていたのに、ちょうどその流れが変わる年で、、、受験会場でいきなり想定のテーマが出た時にビックリしてしまったのです。

しばらくそれを引きずってモチーフが無いと描けないと思ってた私もなんとか合わせていこうとしてて、このデッサンはその後に予備校の練習で増えた自由なテーマで描く想定的なデッサンです。何かを見ながらではないと描けないタイプなので、自分で散歩して撮った写真を見ながら描きました。

少し抽象的に見えると思いますが、上は地面の切り株、下は朽ちた壁と水道の蛇口。

以前も書きましたが、私がデッサンで好きだったのは木炭と鉛筆の色味です。
私がいた予備校では当時細密描写が流行っており、私は描写しても写実することよりも細かいハッチングの中で出てくる白黒の色味に興味を持って描いていました。木炭や鉛筆はモノクロの世界だけれど、青くなったり赤く(茶色の方が近いかな?)なったりするのですが、ひたすら青いデッサンを目指していました。

油絵などで、カラフルな色を使うとそれだけで色が得意な画家だとか言う人が時々いるけれど、色に対する感覚ってモノトーンの時こそ出てくるものではないかと思っています。

 


15
10月 12

秋は空と地と

秋晴れの日に散歩するのが気持ちよい。

金木犀の香りは不思議なもので、なんとなく懐かしく、なんとなく切ない。
特別に思い出がなくても脳内にじんわり効いて、ついつい金木犀の咲く季節の思い出を捏造しているような。
だって私が育った北海道には金木犀の匂いというものが(ほとんど?)無い筈だからね。

今日の散歩も、気づいたら秋空と地面ばかり見ていたよ。

もうすぐ冬がくるぞ!

 

 


9
10月 12

画材を選ぶきっかけ

私の実家は商売をしていて両親が共働きだったので、小学生時代に色んな習い事をしていました。小さい頃から絵を描くの好きだったので、工作や絵を描く教室に行って、その後に油絵の教室に通いました。
最初の教室はデパート内のスクールであまり印象に残っていないのですが、
油絵教室の方は個人の先生が教えている教室だったので当時のことはよく覚えています。

遠山隆義先生という地元旭川で活躍されている画家さんです。
浪人で東京の大手予備校に出てきて気づいたのは、旭川では圧倒的に情報量が少なかったということです。高校3年生夏休みに札幌の予備校の講習会に通った時の衝撃もかなりでしたが、東京はずっと上回っていました。
そのような環境の中で、先生が私に与えた影響は無意識ながらもかなり大きなものだったように今になると思います。

数年前、たまたま地元に帰った際に待ち合わせの時間つぶしに入った画廊で、
あの先生の教室の生徒さんがグループ展をしていて、先生がずっと教室を続けている事を知りました。別の機会に、弟子と師匠展みたいな内容の 展覧会のカタログを眺めていると、私が高校時代に影響を受けた芸大に通っていた教育実習生が、私の習っていた遠山先生の教え子だった事を知りました。
色んなところで繋がって影響を与えてるのが本当に不思議です。

それから私が画家を志すことに影響を与えたのは父です。
父は絵を見る事が好きだったので、小さい頃から美術館や地元では数少ない画廊にもずいぶん連れて行ってくれました。
特に父が好きなのは日本画だったので、私は美大の受験を考え始めた頃に日本画科にするか油絵科にするか迷って、最終的には経験のある油絵にしたのが始まりなのです。
それでも色彩に魅了されて制作を続けているのは当時見た日本画の影響も大きいと思います。

私の場合は、学んで慣れて行くことで自分の身になっていく感覚があるので、結果的には今は油絵が大好きです。
でもこれからもし他の画材に触れる機会があれば、それをまた学んで慣れて行くことで新しい表現がひろがるのでは?とも思います。

さてさて、時々お手伝いをしている友達のイベントに今回は主催者の1人として参加します。
ボールペンで絵を描くというイベントです。
このイベントに参加してくれるボールペン画家の酒井君は、美大の同じ油絵科の後輩にあたります。
同じ油絵科を出てから油絵から少し離れて違う形で作品を作っている作家もたくさんいて、
私はそういうことが苦手なのでちょっと羨ましかったりもします。

↓↓↓  興味がある方は是非ご参加ください!
http://ameblo.jp/waterhole-blog/entry-11374957643.html


1
10月 12

体感的色選択

油絵具が大好きです。質感も色も。
私は、とにかく慣れて馴染んで、自分のものにして使いこなす感じでないと作っていけないタイプなので、ダンボールにでも板にでもクレヨンでもペンでも描いちゃうみたいな人とは違って 、そこのところはすごーく不自由な絵描きです。

浪人時代に苦労したことの1つに、デッサンと油絵の違いがあります。
当時私は描写することも好きだったし、木炭や鉛筆の質感やグレートーンの色調を味わいながら描くのが好きでデッサンには自信があったのですが、油絵への苦手意識が強くてそこが克服できずに違和感を感じてたのです。

それって後から思うと当然で、全然違う材料で描くならば描き方も変わっていいわけです。
画材によって描き方が変われば画風も得意なモチーフが違ったりするのも当然といえば当然。
なのに、油絵とデッサンが1セットという受験の流れに混乱して、勝手に不自由になっていたのだと思います。

さて、私が作品で多用する蛍光ピンク。
色としてはインパクトもあり、確か浪人時代には蛍光色はまだ新鮮な色だったと思います。
ピンクはフェミニンな印象を与えてしまうので、そんなつもりは無くても色で「かわいい絵だね〜」なんて言われる事もあります。(ちなみに私の絵はエグいや怖いの感想も時々聞くので、見る人によって印象って全然違う!)

この色は勿論好きな色でもあるのですが、使う理由は断然使い易さです。
色の使い易さというのは、はてどんなものか?と。
例えば、抽象画など描くときやデザイン的な作業をする際に、困った時にバスッと強い色や濃い色を置くと画面が引き締まります。
私はそういう色の置き方は好まないので、そういう色の選び方はしません。

この蛍光ピンクは質感的にとても使いやすいのです。
私の作品で近年どんどん面積的に増えてきた「垂れ」と「細い線」を描く際に最も描きやすい質感がこの色なのです。
似た様な透明度や粘度の他の絵具を探しているのですが、なかなか同じような形に垂れたり同じ太さの線が引ける絵具が見つかりません。それほどに油絵具は質感の違いがあります。
そして私は油絵具のそこが好きなのだと思います。

そんな感じでどの色も、色の重ね方や使い方にも、自分なりの必然性を持たせるように気をつけています。勿論それがすべてでもないので、もっと自由な 部分もありますが。。。
なので結果的に使う色が決まってきてしまうのも、色彩的な好みだけではないわけです。

そういえば昔TVで見たのですが、目が不自由なのに写実の絵を描く画家が出ていました。
彼女は絵具を指で触るとその触り心地で色がわかるというのです。

絵を描くことは筆を使ったり目を使ったりしている作業だけど、私も絵具とキャンバスを直接触っているような感覚でいつも描いています。
色選びも体感型なのです。

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