Painter 野嶋奈央子 Naoko Nojima Blog > 2011

2011


9
6月 11

みつあみを持つ女の短い話

みつあみの話の、おまけ。

 

私は邦楽のバンドの音楽が大好きだった。

自分が成長するに従って、好きだったバンドは解散したり、メンバーが亡くなったりすることがたびたび起こるようになる。
20代で亡くなってしまった、昔好きだったバンドのボーカルは、長い黒髪で1本のみつあみをしていた。
みつあみは彼女の体の一部のように蛇みたいにしっぽみたいに、彼女の動きに合わせて動き回っていた。
男の観客ばかりが暴れまわる激しいライブばかりするバンドで、華奢な彼女はみつあみをブンブンと振り回して歌っていた。
彼女は結婚して出産の頃に髪を切り、みつあみをやめる。
それから間もなく、謎のまま亡くなった。
いまでも、彼女の曲を聴いてを彼女を思い出すときは、しっぽみたいなみつあみを思う。
私は大好きだった歌手や女優が亡くなった歳に追い付くたびに、彼や彼女たちに比べて今までの自分はどんなものかを考えると、やっぱり少し落胆する。
だけれどそこでの救いは、私は彼らよりも長く生きて、長く時間を使えることだとも気づく。


9
6月 11

例えばみつあみの話。

子供の頃はずっと、腰辺りまである長い黒髪だった。
母が長い黒髪が好きで、当然のようにそうだっただけなんだけど。
中学時代にショートカットにしてからは、ショートカットにしたり腰まで伸ばしたりの繰り返し。
私は、母が望む姿でいることが好きだったけれど、女の子らしい格好を毛嫌いしていて、母がワンピースを買ってきても滅多に着ることはなかった。

当時は髪を伸ばしても、毎日ポニーテールで、変わった髪型をすることはあまりなかったし、
私はみつあみに憧れていた。
たまに母がみつあみにしてくれるんだけれど、やっぱりポニーテールの方が似合うからとすぐにポニーテールに戻ってしまう。
子供心に、ポニーテールだと気が強くなる気がして(現に気が強かったしね)、みつあみの子はおっとりしている気さえしていた。

思春期を過ぎてショートカットにするようになってから、時々無償に髪を伸ばしたくなった。
その時の目標はいつだって、髪を伸ばしてみつあみにする!って事なんだけれど、長い年月をかけて伸ばしても、何故かみつあみにすることは滅多にないのだ。
伸ばすまではジトジトと我慢しながら長い髪を思い描いてるのに、伸ばすと飽きてベリーショートにしてしまうこともあった。

それからみつあみが似合う年頃でもなくなり、髪を伸ばしたい願望が出てくる事はまったくなくなる。
おかげで今の私はしばらくショートカット。

みつあみはそういう、根拠のないしがらみみたいなもの。
特に自分の若い頃のそれを感じるのだ。
そうして、しがらみのためにじっとりと我慢して出来上がるのが、やがてスグに切り落とされるみつあみだった。


9
6月 11

想定外

仕事で工作みたいな作業する機会があるけれど、必ず想定外が次々と起こる。
絵を描いてても、いつもと違う作風にしようとすると想定外が。

想像の中でイメージは膨らみ、ある程度の手順も考えて、あとはやるだけなんだけど、実際はそこからが困難。そう簡単にうまくいくものでもないって実感することが多い。

先日、紙粘土を触ってみた。子供の頃以来かなぁ。
まず、乾燥時間から予想とは違った。
想像よりもずっと遅いし、乾燥に伴ってどんどん縮み、薄い部分は反っていった。
結局つかいものにならなくて失敗。(並んでる姿は惨めでなんだかかわいい…。)

それでも普段の油絵の制作は、唯一、想定外を楽しめる時間なのだ。
絵の具の乾きのままならなさはあるけれど、
想定外を楽しめたり、逆手にとったり、言うこと聞かせる感じもあるし引きずられる感じもあるけど、
それが、素材と馴染んで一体になってる感触なのかなとか。


14
5月 11

み ど り

すっかり時がたって、もう5月!
NYのことを記事に書くなんて言ったままずいぶんたってしまいました。
単に、震災や仕事の事情で忙しくなり、時間がなくなったのが事情です。

基本的には相変わらず過ぎるぐらいに元気です。

震災後、なぜかいきなり緑が癒しになりました。

私は東京が好きです。
出来れば新宿から、終電をなくしても歩いて帰れる距離に住めればいいとも思うのですが、
ずっと東京郊外の今のところに住んでいます。
川や緑が好きだからだと思います。

震災直後に仕事が1週間ほど休みになり、それから地元で部屋で過ごすことが多くなって、それから気づいたら、自分の部屋が好きになって自分の地元が好きになりました。

休日の午前中は、ベランダにむりやりイスを出して、
読書の時間を持つようにしました。
した、というよりも自然にそうなりました。

色んな情報を知ると放射性物質のことも気になるんだけど、それでも緑に囲まれている時間が惜しくて愛おしくなったのです。
今までそんなことなかったのに、本当に不思議です。

↑ベランダは、見上げると緑と空だけしかない。今は、これが1番好きな時間です。


19
3月 11

1週間は長く1日は短い

ここのところ絵を描いていないということに、やっと昨日気づいた。
2月の下旬から仕事の残業が増えて描けないまま、そのままバタバタとニューヨークへ出かけて、帰って来たら時差ぼけも治らない状態の大災害で、まったく気持ちが落ち着かなくなっていた。ここ数日は描くことすら忘れてた。

この1週間はすごく長くて、ここんとこ1日が早く過ぎる。
勤務先が休みになり、部屋で節電して生活すると、夕暮れが1日の終わりを決める。
部屋でも仕事はするけど、テレビとネットの情報ばかり気になる。

こんな時期だから何を言っても何かに触れそうで、なかなかブログをアップしない人も多いと思うけど、黙ってても仕方が無いし、そこを敢えて書いてみた。

誰もが無力感を感じただろうし、口や態度に出なくても誰もが何かを深く考えたり傷ついた1週間だと思う。
美術家も音楽家も何かモノを作ってる人は、特に自分は何が出来るのかに苦しめられてるようにも見えた。
その問題に関しては、私はずいぶん前からあっさりと答えが出てる。
自分のようなレベルの絵描きには、絵を描く事では何も解決出来ない。

ならば絵を描く事が不要だとか不謹慎なのかといえば私にとっては必要な作業だし、
こんな時こそ自分の気持ちを安定させる為にこの状況に迷惑をかけない範囲で描けばいいとも思う。

それに、1人の人間としてなら出来る事はあるわけで、その出来る事をとりあえず行いながら、人のことを傷つけないこと、問題に対しては真剣に考えて意見を持つこと、冷静さを意識すること、世の中が混乱する中では、非力ながらも自分の身を守りながら過ごすことも大事だと思った。

色んなことを考えたり不安になったりしたけど、余震も減ってきたおかげか、なんとか少しずつ落ち着きが戻って来てる。
なんて書いたところで余震。だけどこれにも慣れてきたのか。

今度のブログは、刺激的で楽しかったNYのことを書こうと思います。

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