Painter 野嶋奈央子 Naoko Nojima Blog > 2011 > 6月

6月, 2011


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6月 11

みつあみを持つ女の短い話

みつあみの話の、おまけ。

 

私は邦楽のバンドの音楽が大好きだった。

自分が成長するに従って、好きだったバンドは解散したり、メンバーが亡くなったりすることがたびたび起こるようになる。
20代で亡くなってしまった、昔好きだったバンドのボーカルは、長い黒髪で1本のみつあみをしていた。
みつあみは彼女の体の一部のように蛇みたいにしっぽみたいに、彼女の動きに合わせて動き回っていた。
男の観客ばかりが暴れまわる激しいライブばかりするバンドで、華奢な彼女はみつあみをブンブンと振り回して歌っていた。
彼女は結婚して出産の頃に髪を切り、みつあみをやめる。
それから間もなく、謎のまま亡くなった。
いまでも、彼女の曲を聴いてを彼女を思い出すときは、しっぽみたいなみつあみを思う。
私は大好きだった歌手や女優が亡くなった歳に追い付くたびに、彼や彼女たちに比べて今までの自分はどんなものかを考えると、やっぱり少し落胆する。
だけれどそこでの救いは、私は彼らよりも長く生きて、長く時間を使えることだとも気づく。


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例えばみつあみの話。

子供の頃はずっと、腰辺りまである長い黒髪だった。
母が長い黒髪が好きで、当然のようにそうだっただけなんだけど。
中学時代にショートカットにしてからは、ショートカットにしたり腰まで伸ばしたりの繰り返し。
私は、母が望む姿でいることが好きだったけれど、女の子らしい格好を毛嫌いしていて、母がワンピースを買ってきても滅多に着ることはなかった。

当時は髪を伸ばしても、毎日ポニーテールで、変わった髪型をすることはあまりなかったし、
私はみつあみに憧れていた。
たまに母がみつあみにしてくれるんだけれど、やっぱりポニーテールの方が似合うからとすぐにポニーテールに戻ってしまう。
子供心に、ポニーテールだと気が強くなる気がして(現に気が強かったしね)、みつあみの子はおっとりしている気さえしていた。

思春期を過ぎてショートカットにするようになってから、時々無償に髪を伸ばしたくなった。
その時の目標はいつだって、髪を伸ばしてみつあみにする!って事なんだけれど、長い年月をかけて伸ばしても、何故かみつあみにすることは滅多にないのだ。
伸ばすまではジトジトと我慢しながら長い髪を思い描いてるのに、伸ばすと飽きてベリーショートにしてしまうこともあった。

それからみつあみが似合う年頃でもなくなり、髪を伸ばしたい願望が出てくる事はまったくなくなる。
おかげで今の私はしばらくショートカット。

みつあみはそういう、根拠のないしがらみみたいなもの。
特に自分の若い頃のそれを感じるのだ。
そうして、しがらみのためにじっとりと我慢して出来上がるのが、やがてスグに切り落とされるみつあみだった。


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6月 11

想定外

仕事で工作みたいな作業する機会があるけれど、必ず想定外が次々と起こる。
絵を描いてても、いつもと違う作風にしようとすると想定外が。

想像の中でイメージは膨らみ、ある程度の手順も考えて、あとはやるだけなんだけど、実際はそこからが困難。そう簡単にうまくいくものでもないって実感することが多い。

先日、紙粘土を触ってみた。子供の頃以来かなぁ。
まず、乾燥時間から予想とは違った。
想像よりもずっと遅いし、乾燥に伴ってどんどん縮み、薄い部分は反っていった。
結局つかいものにならなくて失敗。(並んでる姿は惨めでなんだかかわいい…。)

それでも普段の油絵の制作は、唯一、想定外を楽しめる時間なのだ。
絵の具の乾きのままならなさはあるけれど、
想定外を楽しめたり、逆手にとったり、言うこと聞かせる感じもあるし引きずられる感じもあるけど、
それが、素材と馴染んで一体になってる感触なのかなとか。

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