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例えば階段の話

色んな日常のものがモチーフとして登場するけど、昨年のギャラリイKの個展では階段を何枚か描いた。あのときは抽象的にどこの階段ということも無いようなテキストをつけて展示したけれど、実はあの階段を描き出したきっかけになった階段は実在する。

もう亡くなってしまったけれど、東京のおばあちゃんは中目黒で飲食店をしてた。
その頃は気を遣われるのが悪い気がしちゃってあまり顔を出さなかったけど、もっと甘えてゴハン食べさせてもらいに行っておけばよかったんだけど。それでも時々は気がむくと訪れた。
そして、あの狭い階段を上ぼると、いつもおばあちゃんがいた。

おばあちゃんは大好きだったお店を辞めてから数年で亡くなってしまった。
亡くなった時にはほとんど人に知らせずにいたのに、おばあちゃんのお店のお客さんがたくさん集まって来て、色んな時代のお客さんがその時代の思い出を語ってた。おばあちゃんが大好きだったお店のことが少しだけわかった気がした。

私は、いまだに時々中目黒に行くと、おばあちゃんのお店だったところをのぞきに行く。
行くたびに看板は変わり、扉の様子も違う。それに、いつも扉がしまっていてあの階段が見えない。
そしてその扉の前で、あの階段を想像するのだ。それからその階段を上ればいつものようにエプロン姿のおばあちゃんがいるのではないかと錯覚する。
けれど、同じ場所の同じ階段なのに、その扉の向こうにある階段は「あの階段」ではないのだろうということもわかる。
そう思うと、ぶらぶらと宙ぶらりんの階段が、私の中に生まれた。

これがあの絵のモチーフになった階段の話。
けど「あの階段」は私の中だけにあるわけじゃなくて、あのお店を好きだったお客さん達の中にもぶらぶらと存在するんだろうなと、きっと私と同じく中目黒に行くたびに、あのお店の跡をのぞきに行く人がいるのだろうなと、そう思っている。

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