Painter 野嶋奈央子 Naoko Nojima Blog > 2010 > 11月

11月, 2010


15
11月 10

お酒と牡蠣と器

お酒が好き。牡蠣がすき。器も好き。
つまり、食べる、飲む、買う。

先日たまたまいただいた日本酒を部屋で飲む。
日本酒は好きだけど悪酔い&つぶれる&二日酔いの元なので、部屋で少しだけにします。
この時期になるとオイスターバーに行きたくて仕方ないけど、
最近は展示続きでお金も時間もないので牡蠣はスーパーですますのです。

器は元々好きだったけど雑貨屋さんで買ったり、大学時代は学祭で陶芸部の器を買ったり程度。
近年は勤務先の影響もあり作家ものの器を購入することが多くなりました。
買うときは、使うことを想像して欲しくなるパターンと、ものそのものが欲しくなるパターンとがあるけど、基本的には全部使っています。

「器を育てる」という感覚は、買って使って徐々にわかりました。

今日の器は小野哲平さんのそばちょこ。
そばちょこなので、お茶も焼酎も、今日みたいに日本酒でも使用できて、
おかげで随分味のある貫入が入っています。
不思議なもんで、なんか生物みたいに自分に少しずつ馴染んでいってるのがわかります。

作品の購入もきっと、買って、手元において、飾って、眺めて、
ということが作品にとってイイのかもなー。


13
11月 10

雪国思考

ロシア映画や寒い国の映画を見ると、何か胸の辺りでホワッとやってくるものがある。
たぶん、寒い空気の肌触りが感覚的にわかってしまうからだと思う。

私にとって、北国の環境がもたらしたものはハッキリとあると思うし、
それを意識する瞬間がけっこうあったりする。

それはまた追々書くとして、 そろそろ年末年始の帰省の予定を立てなきゃ。
寒いのは苦手だけど、雪景色の物悲しさと雪が音を吸収しちゃう感覚はいつも懐かしいの。


13
11月 10

さくらんしてる

どうも描き出しが苦手だ。
大きな作品は特に緊張するし、滑り出しはもたついてしまう。

私の絵はわかりずらいって言われる事が多くて、
タイトルも長くて言葉が多いくせに意味がわかんなかったり、
説明のテキストも作品に何か関係あるのか?みたいな感じだったりするらしい。

私の中では全部ちゃんと結びついて、むしろ説明し過ぎ?とか、随分おしゃべりだなーとか思うんだけど。
たいていは写真を見たり、実際の出来事と結びつけて、かなり自分の日常的な内容で構成して描いてるわけです。

親知らずが痛くて仕方ない時には親知らずを描いちゃうぐらいで、
だからって親知らず自体が大事な訳でもなかったりして、何か別の事柄を象徴してる気がしたり他の事象に結びつけて考えてしまったりもするし、けどでも親知らずの形は面白かったりして。

結局は思考とか記憶とかって曖昧で、筋道だって半分思い込みで通していて、たいてい錯乱してることが多いと思うのです。
私だけなのか…?
とりあえずはその錯乱した状態をソノママ 、曖昧は曖昧のママ、そんな”アヤフヤ”の形をキャンバス上で手を動かしながら探すのが好きなのです。

人って思い込みが強くて、色んなことを決めつけながら生きている気がするのです。


10
11月 10

アトリエ幸せ

昨年から共同アトリエを借りています。

それまではワンルームの部屋で描いていたので、生活の中心はベッドの上という暮らしでした。
働くとなるとアクセス的に不便すぎる場所には住めないし、週休1〜2日だと郊外の離れた場所のアトリエだとキツイしで仕方なかったけど、さすがに作品も増え過ぎて毎年これが限界かも…と思いながら続けてたのです。

作業は不便な事が多すぎるし、生活も完全に圧迫されてるしテレビンは吸い込みまくるしで、慣れたのか麻痺したのか色々平気になってしまってたけど効率は相当悪かったと思う。

ずいぶん続いたその生活も終わり、都内の職場近くにアトリエを借りてからは、集中力や作業効率が劇的にぐっとあがったのは言うまでもない。家からは1時間以上かかるから帰りは遅くなるけど、部屋で描いてた頃に比べたらもう。
やっぱり環境ってダイジです。
今年は展示や色々と制作が忙しかったけど、集中力を保てているのはアトリエのおかげです。

だけど今思うと、苦しい状況だったからこそ無理したり逆に頑張ったり出来たのかもなーって。最初から難なく描ける環境にいたら、もっとずっとうたれ弱くなってたと思うし。

そんな私のアトリエは中華料理屋さんの2階にあるので、時々中国語や従業員の鼻唄が聞こえる。私にとっては本当に大事な場所です。


9
11月 10

0が4つ

京都に、0000(オーフォー)という4人組の若い美術家(アーティスト?キュレーター?)が運営しているギャラリーがあります。

私が彼らと同年代の頃は、ずいぶん無駄に学生生活を送っていた気がします。
映画や美術館を見たり読書をしたりする時間もいっぱいあったし、学校もそれなりに楽しくて授業は真面目に受けてはいたけれど、
感覚ばかりを大事にしちゃって現実を見られないでいたし、完全にすべてに対して受け身だった。
先の事は現実的には考えていなかったし、今思うともっと色んなことが出来たのにな…。

最近では、京都の美大で講師として働いている友人の話や0000の活動を見ていると、京都という街にも興味が出てきたりして、それってすごい影響力だなーと。

そして、ギャラリーをオープンした彼らは、それからすぐに0000shopという気軽にアート作品を購入出来るショップをかまえたのです。
私もそこで作品を取り扱っていただいているのですが、今日はショップのための新しい作品を送りました。
実は、そこで扱っていただいてる作品は、通常の価格よりも安く設定しています。
価格の事はずごく難しいと思うところで、やはり色々考えて迷いましたが、
まずは彼らのコンセプトに同感する部分もあるからということ、私自身が関西では展示をしたことがないからということ、そんなわけで小品ばかりを普段より買い易い価格にしてみたのです。

なによりリアルに価格のことを考える機会が出来たのはイイコトだったし、
普段のギャラリー展示とは違う切り口で制作出来るのもイイコトだと思う。

私も一度伺いたいと思ったままなかなか行けずに今に至りますが、是非行ってみたい。

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