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10
10月 17

来週からグループ展が始まります

梶井基次郎の『檸檬』を初めて読んだのは学生時代の国語の授業で、檸檬の温度感や質量や発色の描写部分はずっと鮮明に私の中に残っていた。

今回のグループ展は『檸檬は爆発の時を待っている』というテーマの元に、過去に働いていたギャラリーカフェで、それぞれある時期に働いていたメンバーたちのグループ展示。

https://www.art-eat.com/event/10th/

このテーマを与えられて久しぶりに檸檬の文庫を出してみた。読んだ当時、まだ自分が絵を描くことになるなんてわかっていなかった頃と、今現在の自分と、その2つの時間軸が歪んで絡みあった気がした。
祈る様な気持ちと軽い悪戯心で仕掛けられた、ごく普通の檸檬。
その檸檬が長い年月を経て私の目の前に現れた時、その変わらずそこに在る姿に自分を重ねた。

爆発できなかった、期待に反して爆発はできなかった。むしろ、そりゃ普通の檸檬が爆発しないよな、と、つまらん現実的な自分が今はいる。さしてドラマチックで面白いことなど滅多に起こらない事を知ってしまった。もうずーっと何も起きない日常のなか、悶々としながら日常的に日常を送っている。

結局、主人公が檸檬に託した悶々は、時空を超えても今の私の悶々となにも変わらなかったのだ。

そんな気持ちで今回の絵を描いたけど、決して後ろ向きでもない。自分を爆発からしばりつけていたものが自分の一部になってまとわりついている。私が必死に深刻ぶっても、それ自体はわりと間抜けでアクセサリーみたいに自分を飾って演出している。

この必死で間抜けな深刻にしばられてる姿が今の私なのだ。

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『檸檬は爆発の時を待っている」

日程:2017.10.20(金)〜11.15(水)

- 火・水・木 12:00~19:00
- 金・土 12:00~21:00(20日は17時close)
- 日・月・祝休廊
- 最終日17:00まで

【★Bar檸檬】…期間限定でBAR営業があります
会期中の 金・土 18:00-22:00 (20日はのぞく)
(10/27、11/4、11/11はBar檸檬にて佐々木諒によるパフォーマンスあります!)

レバノンワインやアラック、オリジナルカクテルなどのアルコール類、タパスのご用意があるようです!

 


10
10月 17

あなたってなに?

自己紹介が苦手。それは多分、いつも私には「私(仮)」という意識がついているからだろうなと気づいたのは数年前。

その頃は実際に無職期間中で「(仮)」な状況だったので、自己紹介する場に出るたびもやもやしていた。

先日仕事先の常連さんに「あなたってなんなの?」と唐突に聞かれて「うーん、、、なんでしょうね」と答えた。恐らくわかりやすく言えば「画家(仮)」でデザインの仕事もするので「デザイナー(仮)」と言ってもいいかもしれないし、お店に立ってるから「接客業(仮)」みたいなものだとも言える。
この人、ホントのところなにやってる人なんだろう?と思われることは時々あるみたいだけど、自分でも確定しないままいつも頭の上に「(仮)」を乗っけて暮らしている。

昔からよく「○○さんの奥さん」とか「○○のお母さん」言われるのが嫌で、私は私よ!みたいな主婦の嘆きも聞くけど、未婚なのでそれすら無い。
デザイナーと言っても、素人なのになんとなくフリーで知人に頼まれたデザインしてお金もらって「フリーランスのデザイナーです!」って言えちゃう人もいるし、1度や2度勢いでグループ展でもやれば「アーティストです!」ってなっちゃうので、その流れでいけば「アーティスト」で「デザイナー」でもある。

また他の常連さんからは「○○はここでやってるの?」と聞かれて「もちろん!私は○○屋ですよ!」と答えたら、あなたは○○屋というより芸術家だと思っていたので…なんて言われてしまったり。

私から「(仮)」が取れる日は来るのか。


22
5月 17

風はなにいろですか

先日色の話を少し書いたのは、
最近取材を受けたピンクのことと、今月末から始まるグループ展の影響です。

■「風はなにいろですか Part1」 What color is the wind? part 1

 2017年 5月29日(月)~6月3日(土) ◎11:30~19:00(土曜日は17:00まで)

飯島千恵、市川真也、いのうえあい、大久保貴裕、岡島飛鳥、奥田恭子、小野木亜美、川上美里、鯉沼絵里子、佐立るり子、武弓真実、知久彗来、時田大輔、名越晴香、西尾周平、野嶋奈央子、野村紘陸、本田和博、光島貴之、宮本梨衣

◎ギャラリイK(京橋駅から徒歩2分/銀座駅から徒歩6分)
〒104-0031東京都中央区京橋3-9-7京橋ポイントビル4F
Tel/Fax.03-3563-4578
e-mail : galleryk@nifty.com
http://galleryk.la.coocan.jp/second/schedule/schedule.html

私はテーマが与えられることが苦手です。
と言うと、それは自由過ぎる性質だからだと思われがちですが全くの逆ですごく縛られるから。
完全に固定された具体的なテーマだと楽なのだけど、抽象的なテーマが本当に苦手で、
抽象的なのにしばってくるとなると元々硬かった頭がさらにがちがちに固まるのがわかる。
浪人時代に苦しんだのも、受験のデッサン課題に「想定デッサン」入り込んできた頃からだった。

そんなわけで苦手課題、更に普段が避けていた「グループ展」という形式なのだけど、
たまにはそれもいいかなと参加してみました。

私のがちがちに凝り固まった頭で風の色について考えてみて久しぶりに思い出したのは
生まれ育った街が盆地で内陸なので風があまり吹いていないという記憶。
実家をでてからもう東京のほうが長くなってしまったけど、いまだ夢にはよくでてくる地元の街の風景、
夢の中でも風はまったく吹いていないのです。

今回は小品1枚の出展です。
風で散って落ちた1枚の花びらをイメージして描きました。

銀座も近いので、展示を見ていただけたらついでに資生堂のギャラリーなど立ち寄って
無料配布の「花椿」を探してみてください。ちょこっとピンクについて話しています。

http://hanatsubaki.shiseidogroup.jp/magazine/309

http://hanatsubaki.shiseidogroup.jp/about/map/

 


13
5月 17

色のはなし

DSC_3575

色の話、というのは難しいと思っている。

過去に参加をしたグループ展の中で外の参加作家がやたらと色の意味を説明しているのが気になったことがある。
〇〇色はこんな気持ちや世界観を表している、というようなことを説明していた。
個人的な印象で色を説明するとどうしても安易に感じてしまう。

私は自分で「色の作家」だと思っていた時期がある。
かなり若い頃で、学生時代から色使いに対する評価を受けることが多かったからなのだけど、
色を選ぶときの一番のポイントは絵の具の素材感だ。

もちろん好きな色はある。ピンクと紫、作品で頻繁に使うターコイズブルーなど。
気づいたら身近に同じ色ばかり集まっていて、家はだいたいポップなピンクのものが多い。

作品に使う色は、
重ねたときの質感、透明感、絵の具自体の物質的な重さ硬さ、にじみ、そういう体感的な要素でしっくりくるものを選んでいる。

先日ピンクについて考える機会が与えられたのだけど
私のとってのピンクは女の子的でもなくぼんやりした位置にある。
作品の中では抜けの部分に使う。
使用している絵の具が垂れたりにじませたときが最もきれいな絵の具だから必然的に薄く使うことになり、結果的に抜けになる。
特に温かみも冷たさも感じない温度を感じさせない色だから余計な情報が少なくて抜けに使いやすいと思っている。

絵の具をキャンバスにおく瞬間の気持ちよさは、絵の具の質感、しみこみ、物質感や抵抗感で、色の気持ちよさは、塗り終えたところからじわっと感じられる。

こんな私でも高校生ぐらいまでは、全身黒などモノトーンの色ばかり身に着けていた。
描く絵もくすんだグレートーンの作風だった。
「南は色で、北は形」といいたことがあるけど、そのころ妙に納得したのを覚えている。

私はいつから今の色になったのか、今の色がほんとの自分なのかまだいまいちわからない。

 


17
3月 17

今の自分と、個展と、オザケン的なもの

私は自分のことをよくわかっている、つもりでいる。近しい他人より、よっぽど他人目線で自分を見ている、ぐらいに思い込んでいる。だけれど人から言われる「あなたって○○なタイプだよね」の中には、やはり自分の見る自分や近しい他人に言われる私とかけはなれているものも時々あり、その内容にというよりも他人にわかってもらえていないことに落胆したりする。当たり前なんだけどね。

最近オザケンが新譜を出してイキナリのことにテレビやネットでざわざわしていた。私はオザケン信者のようにそこまでは彼への強い思いはないのだけど、それでもオザケンが新譜を出したならばそりゃあ気になる世代なのだ。

なんの先入観もなく聴いてみての印象は「相変らずオザケン元気そうでなにより」みたいな感じ。幼なじみのような、親戚のおばちゃんのような、一緒に音楽やってた仲間のようなこの感覚、なんだかわからないけど、とにかく元気そうでなにより、というこれにつきた。

そして、借してもらった人にそれを伝えようとしたら、全く同じことを先に言われてしまった。私だけじゃないこのオザケンへの気持ち、オザケン的なこれってなんだろう?

久しぶりの人に会って、お互い状況も年代も以前と変わってしまっている(はずな)のに、確かに顔にはシワのようなものできて、全体に当時のとがったものやきらきら輝いていた無邪気さが減っていたとしても、あーなんか相変らず元気そうでなによりと言われるあの感じ、あれっていい。
決して成長していないとか、退化してるということではなくて、逆に大人になってガラッと変わってしまったりではなくて、大事にしている芯はそのままに(本人が意識してようがしてまいが)だけど年相応に進んでいるのだよ歳を重ねることを。進むことも留まることにも無理が無い、素直さというか。

オザケン的なそれは、たぶんそんな素直さと、だけどその素直さが平坦な単純さではなく積み重ねてきた確信のような位置のあるものなのかもなぁと。

 

さてさてこの長い長い前置き。

昨年末に久しぶりに個展をしました。ずっと毎年続けていたのに、震災の頃から生活というか意識が変わり昨年までの間にもちょこちょこ個展やアートフェアなどやってはいたけどなんとなくそわそわしていて、さてまたいつも通りの個展をやるか〜という意識で重い腰をあげた感じはこの昨年末の個展が久しぶりだったような気がします。
私の中では変化もあるし、今までにない試みもあったけど、今まで展示を見てきてくれた人があれをみて「久しぶりだけど相変らず元気そうじゃん」ってちょっとニヤニヤしながら見てくれてたらそれがいちばん満足かなって。

年末年始の仕事の忙しさとその後の確定申告などで気づいたら3月なかば。文字にして書きたいことはいつもいっぱいあって、個展のこともっと具体的に書きたかったのに時間がたってしまったのでこんな感じで個展納め。

仕事もう少し落ち着いたら、今年はやりたいこといくつかあるのでぼちぼち作っていこ。
5月のグループ展と10月のグループ展に向けてゆるく描いていこー。

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