トップページ > Painter 野嶋奈央子 Naoko Nojima Blog

21
7月 20

咲かないつぼみ

グループ展が終了しました!
誰のために何のために絵を描くか、ずっとつきまとう問い。私の中ではもうずいぶん前から自分のため(自分の精神状態のため)という答えがあってそこは揺るぎないものの、じゃあ発表なんかしなくていいじゃんとも言われかねないけど、続けていくためのというか次に進むための区切りのようなもので展示を続けている気がする。

今回初めて出てきたモチーフが「つぼみ」。
花が好きで家も職場もいつも花を飾っているんだけど、百合や芍薬をつぼみで購入してしっかり水あげしても最後まで開かずに終えるつぼみというものがあって
多分収穫の際のちょっとしたタイミングや環境でたまたまどうしても咲かなくなってしまうのだろうけど。その咲かないままのつぼみの形にも様式美のような美しさがあるのでなかなか捨てられなかったりする。
先日、捨てる前に咲かないまま終えたつぼみをそっと開いてみた。すると中にはしっかりめしべやおしべが整っておりいつでも咲ける準備が丁寧にでき仕上がっていて、その美しさに更に感動をしたのです。

最近の私は自粛期間に仕事の時間が短くなり仕事自体も暇になって、家でモノを作ったり絵を描く時間が増えたことで何のためでもないただ作るという行為の気持ちよさに浸っていてすごく充実していました。だけど、誰かに何かを伝えたいとか感動をもたらしたい評価をされたいというのを糧にしてる制作活動は目指すところがはっきりとしていてある意味羨ましさもあり作品にも潔さが出ると思うし、目指す位置がないままでいることは悶々としたり作品にも迷いが多くなる。

でも、咲かなかったつぼみの中身を見て、自分の目指すところが少しだけわかった気がしました。
そんな新作のタイトルは「落下するつぼみの内側であたらしいコトバを聞いた」。咲かなかった百合のつぼみをそっと開いてみたときの感動を描きました。

DSC_4041


05
7月 20

グループ展に参加しています!

http://exhibition.3gallery.net/?eid=251

本日よりグループ展に参加しております。
今回は準備期間も短くプランなしのまま最近仕上げたものをそのまま出しました。
そんなわけで2枚の出品にも関連性もない2枚をそのまま並べたという出品の仕方です。

コロナ感染症により生活が変化しました。
それでも仕事を続けていたので私の場合は本当の自粛生活とは違うのですが午前は仕事を休み、
満員電車のストレスもなく、帰りもサクッと残業なく帰宅。
帰りの電車も空きすぎてて時々夢の中にいるみたいだな、、、とぼんやり不思議な感じでした。

夜の時間が長くなり今までになく絵を描く時間も増えてあまり何も考えずに無心で絵を描いたり、
あとはお手製マスク作りやこの数年やってる刺し子などの裁縫をしたり、何のためでもない制作の時間が増えました。
そんな時間軸の中で制作した一番新しい作品2枚です。

1つは今までにも何枚も書いている三つ編みの絵です。今らしさという意味ではカビぐらいです。
毎日電車通勤して接客をしていると時々ウィルスのような目に見えないものがもし見えたらこの空気中に舞ってあちこちにぺたりとくっ付いているのではと想像します。そんな時、カビのような胞子のような鮮やかなものが湿度を持ってあちこちにへばりついているような錯覚になります。
今までと同じ三つ編みを描いても、今回はカビている三つ編みです。

あとは新しいモチーフとしてつぼみを描きました。ゆりのつぼみです。これについてはまた今度書きたいと思います。
こんな時期ですが宜しくお願いします。
ギャラリーのSNSでも情報の発信、ネットからの購入も可能です。


06
6月 20

表現と日常

あー日常の強さたるや!と私は度々言っている。
それはいろんな場面で思うのだけど、最初に強く感じたのは震災の時。ずっと揺れているような感覚やそれまで見えなかった世の中の嫌な部分が見えてしまって一日中もやもやそわそわと過ごしているつもりでも、どうでもいいような小さなストレスに負けてしまったりたかが10円高い自販機に引っかかったりそういう「日常」の強さに自分の中の繊細さが負けた時になんとも言えない悔しい気持ちと諦めとで、あー結局は日常の強さ!!って叫びたくなるのだった。

普段から絵を描くことでは生活ができない私は1日の大半が労働時間で、繁忙期には通勤時間も長いので半日以上家にいない。帰っても寝るだけみたいな生活の中でもなんとか絵を描く時間と体力を絞り出してぐいっと作品の中に入り込み、そのうち作品の内面で浸りながら気持ち良く描ける時間が訪れる。休日にはそういう時間が多くなるのでそうしていると明日から仕事なんて無理だ、、、と完全に現実から遠いところへ来てしまった気持ちになるんだけど、それでも朝起きると無心で淡々と支度をして満員電車に乗って仕事へ向かう。職場に着けば目の前のことを片っ端からこなしていくことや次々とやって来るストレスでつい数時間前の夢のような時間のことは薄らいでしまう。あー日常の強さって!

そうして今、コロナ感染症のせいでもうずーっと仕事のことも健康のこともすべてに不安で過ごしているはずなのに、同時進行で毎日「毎日」がやって来て「日常」に覆われていくんだもん。仕事の時間を短縮したところで接客をすれば嫌なお客さんも来るしPCを使えば突然フリーズするし、予定外の問題も出てくるし、そうやって意図せず日常に手も足も取られて身動きもできなくなっていく。

それでも絵を描くときには、拘束を強引に解いて無理やり日常を脱ぎ捨てて個の世界に入り込んでいく。表現と日常を繰り返しながら同時進行で進んで行くことが私にとって強さになればいいとも思っている。


21
4月 20

自粛と自由のあいだ

皆さんはお元気でしょうか。
最近、数年前に突然亡くなった友達が夢に出てきたり、しばらく会ってもいない人のことを思い出したり。そうしてふと「みんなは元気なの?」と思うことで人と繋がっているような気がする。これでいいのだと思う。

もともと浅く広く人付き合いをする方だけど一人が好きだし引きこもってするような趣味ばかりだし一人で絵を描く時間が好きだし、近年はずっと職場も家もひとりだけど不自由は感じない。

自粛生活が始まって普段あまり引きこもらない人や人恋しい人は私が想像するよりも精神的に辛いのだろうなと想像する。でも、最初に書いた「ふと思い出す」ことは表面だけの人付き合いや困ったときだけ自分都合で振り回す人との「人付き合い的なもの」よりもずっと身近に感じたりする。

亡くなった友達のことは思い出しても仕方ないのかもしれないけど、「忘れてしまうこと」と「思い出さないこと」は別なので。時々思い出すと心の中で話しかける。もちろん今だと「今、大変なことになっているよ」と。「あなたならどうしている?」と。その答えが聞こえてきそうな時に、(その人は亡くなっているけど)繋がっているんだと思う。それでいいのだと思う。

自粛生活で自由な時間が多くなったはずなのに自由がないと感じる。だけど、自由にはいつも自由にさせてくれない何かがつきもので、結局目の前をちらつく自由を羨ましく眺めながらも何かに縛られて生きていく方がフツーなのではないかなとも。いろんなことを気に留めて苛立ちを感じ振り回されて生きていくことは、やっぱりどうしても続くのだった。


03
1月 20

去年と今年の境目を超えて(個展振り返り)

去年の個展後にまとめを投稿したかったのに年が明けてしまった。あけましておめでとうございます。大晦日から1日はさんだだけで新年で今年こそはどうしたいとかいきなり区切りをつけるのもバカバカしいと思う反面、そこで過去の自分の不足分をリセットしてしまいたい気持ちもわかる。

去年の個展について、去年の私について。

作品タイトルと作品のバランスについてまだまだ模索中の中、昨年夏の個展の際には最近自分の中で響いている現代「短歌」に影響を受けて、タイトルをすべて短歌の長さに統一した。タイトルを大きく展示したいというのはずっとあったもののそこがまだ煮えきらず、更に展示会場の方針もありタイトルの表示を大きくはできないままとなった。

それでも結果的には同じ長さにしたことで絵画とセットになって見えてくるというか大きさで物理的な主張をしない割に思いの外言葉が目に入るような気もした。モチーフは今までにも描いていた箱や「の」が少しと過去のグループ展からの延長でレモン、新たに貝やゼリーが加わった。
いつもはタイトルの言葉は先にある程度はあるけどゆるい状態で始まり、作品が完成に近づくにつれて徐々にまとまったり作品完成後にまとめたりするのだけど、この個展ではタイトルの短歌を先に作って(場合によっては最後に微調整する程度)その言葉をテーマに絵を描くという進め方をしたのも初めてのこと。

そして何より去年は描くことが今までよりも楽しくて救いになった年でもある。反面仕事は心身共に限界を感じるほどの忙しさで体力に自信のある自分でも残業中に朦朧として知らない間に涙がにじんでるほど辛い時期もあった。そしてその時期と個展前が重なり、今となってはすごーく遠い思い出のようにぼんやりしている。
仕事を無理やり終えてボロボロになって終電近くに帰宅して朦朧としながら真夜中に絵に向かってるうちに毒素が抜けていくような感じだった。どちらかというと描くことが好きでも生活に負けて描き続けることが辛かった方が多いので、制作活動を続けてきて初めて描くことに救われた。

それは続けてきたから味わえたもので以前の自分からは想像もつかなかったわけで。それでもやっぱりふとした時に描いてて意味なんかあるの?って思うこともあるけど。

今年も気持ち良く描き続けられそうな気がする。

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